第19回 不滅のジャズ名曲-その19- マンハッタン(Manhattan)

Murphyくん、今回は手紙を送ります。
  ◇◇◇
Murphyくん、いまボクは、リー・ワイリ(Lee Wiley)「ナイト・イン・マンハッタン(Night In Manhattan)というアルバムを聴いています。このアルバム、初めて出会ったときのこと、今でも覚えています。それ以来、このアルバムを聴くたびに、いつも初めてのアルバムを聴くときのような新鮮な気持ちになります。

1曲目の「マンハッタン」という曲は、リチャード・ロジャースロレンツ・ハートのコンビによる若い頃の作品。本当にロマンティックな曲とは、この曲のことでしょうか? リー・ワイリーの歌は、モノクロ写真を見ているような渋い味があり、ハスキーで独特のビブラートの歌声が、ニューヨークのマンハッタンを巡り、飽きることなく街じゅうを案内してくれているようです。マンハッタンのブティックや小物雑貨の古くてもシャレた店や、昔からの古い佇まいのカフェでくつろいでいるようです。オールドファッションに身を包んだカフェで飲むコーヒーの香りや、昔からの板張りの床の木目などの味わいは、リー・ワイリーの歌のようです。

このアルバムを聴くと、いつも心地よい気分になります。ニューヨークから、ヨーロッパに移り、ハプスブルグ家の都、ウィーンの街に着いたときの気持ちや、シュテファン寺院からドナウ川方面へ少し歩いたところにある、何気なく見逃しそうな、普段着で気取らないカフェに入ったときのイメージに近いものが、リー・ワイリーの歌から感じられます。
リー・ワイリーの歌は、昼間でも、聴きたくなる曲があるかと思えば、夜の静けさのなかで、そっと聴いてみたい曲もあります。一日の終わりには、アルバムのなかの「ストリート・オブ・ドリームズ」という曲がぴったりです。

このアルバムの伴奏役をつとめる、ボビー・ハケットのトランペットも、50年代のクラシックカメラのような、味わい深さがあり、リー・ワイリーにぴったり寄り添ってオブリガードを奏でます。このいぶし銀のトランペットを聴きたくて、またこのアルバムをかけることもよくあります。

リー・ワイリーは、アルバム数の少ないジャズ・シンガーですが、この一枚のアルバムだけで十分です。なぜなら、何回も聴きたくなるからです。このアルバム、誰にでもおすすめできるものではありません。なぜなら、モノクロ写真のよさがわかるような、味わいが感じられる人でないと困るからです。リー・ワイリーは、そんな地味で隠れた存在です。ある街角で、昔も今も変わらずひっそりと続いているお店のような感じがして、このまま騒がれずに、リー・ワイリーが本当に好きな人だけに、聴き続けてほしいと思います。

そして、今、最後の曲が終わり、ふたたび、1曲目の「マンハッタン」をかけました。ウィーンの街角で見つけた、小さなお店は、またふたたび訪れたくなるように、もう一度リー・ワイリーを聴いてみたくなります。夜になれば、こだわりをもったケラーでビールとワインをもう一度飲みたくなるような、心地よい空間と味わい深さ、それがリー・ワイリーのこのアルバムです。

では、Murphyくん、次回を楽しみに。      Djangoより
                                                                      
  ◇◇◇
Lee Wiley  Night In Manhattan   1951,52年録音
Nightinmanhattan1ナイト・イン・マンハッタン

第18回 不滅のジャズ名曲-その18- スターダスト(Stardust)

Django:「Murphyくん、ウクレレの調子はどう?」
Murphy:「毎日弾いてるよ。最近ね、Djangoくんに刺激されて、ウクレレでジャズをやりたくなったんだ。」
D:「それは、いいね。」
M:「Djangoくんも知ってると思うけど、ハワイのウクレレ奏者、オオタさん。ウクレレでジャズスタンダードをやっているだろう。ボクも少しジャズを勉強しようと思って、楽器屋で探していたら、偶然オオタさんの輸入楽譜が見つかったんだ。内容はスタンダードジャズ。そのなかでまずどれから始めようかと思って見ていたら、偶然「スターダスト」が目にとまった。よし、これだ、と思って練習しているんだ。」
D:「スターダストは、みんな知っている名曲だからね。いいね。それ、マスターしたら聴かせて。」
M:「うん。ところで、この曲、誰の作曲だった? 」
D:「ホーギー・カーマイケルだよ。確か1920年代の作曲だったと思うけど。」
M:「そうか。古い曲なんだね。この楽譜にはアドリブが載ってないんだ。どうしようDjango君、教えてくれる?」
D:「当たり前だろ。アドリブなんて楽譜には出てないよ。自分で考えるものだよ。」
M:「そういわずにヒントを教えて?」
D:「ヒントなんかないよ。まず、いろんな人の演奏を聴くことだね。ところで、Murphyくん、この曲、楽器でなくて、歌で聴いたことある?」
M:「ないね。楽器の演奏はけっこう聴いているんだけど。」
D:「そうか。それならまず、ヴォーカルで聴いてみたら? まず歌から入った方がいいよ。」
M:「確かに。でも、この曲有名だから、いろんな人が歌っているだろう。誰がいい?」
D:「スターダストは名曲中の名曲だから、ほとんどのシンガーが吹き込んでいるね。スターダストのオムニバス・アルバムまで出ているぐらいだから。1人だけあげるのは難しいよ。そうだなあ、若い人がいい? それともベテラン?」
M:「両方とも。昔の古いものも、新しい録音のものも聴きたいね。」
D:「それなら、まず古い録音の方から選ぼう。やはり、エラ・フィッツジェラルドだね。彼女が1954年に吹き込んだアルバムで、「ソングス・イン・ア・メロウ・ムード」というアルバム。伴奏はエリス・ラーキンス という人のピアノ。この人は本当に歌の伴奏がうまいんだ。本当は、ヴォーカルものは、こういったピアノ1台だけのシンプルな伴奏が一番いいよ。」
M:「有名なアルバムなの?」
D:「昔から、このアルバム、エラの数ある録音のなかでも、決定版の一つだといわれている。全曲バラードで、しっとりと落ち着いたアルバムだね。このなかに入っている「スター・ダスト」、これは、ボクがこれまで聴いた「スターダスト」のなかで、最も印象に残っている演奏だね。このアルバムから、エラ・フィッツジェラルドを聴いていけばいいと思うよ。」
M:「わかった。それで、あと、最近の若い人の録音では?」
D:「これに匹敵するものは、なかなかないんだけど...。そうだな。こちらの方も、シンプルなピアノ1台だけの伴奏の方がいいし。歌い手もそうだけど、こういった歌伴ができるピアニストは、ベテランの本当に味のある人でないとなあ。テクニックをひけらかす人はだめだし。相手に寄り添って、本当に歌いやすく弾いてあげられる人でないとね。あのハンク・ジョーンズあたりが伴奏すれば最高なんだけど...、ちょっと、待てよ。.....ん...出てこないなあ。じゃあ、次回までに考えておくから。」
  ◇◇◇
エラの歌が円熟し絶頂期にさしかかった頃の名盤。全曲スタンダード・ナンバーのバラードでまとめられている。エリス・ラーキンスのピアノオンリーの伴奏が、一段とエラの素晴らしい歌唱力を引き立てている。1954年録音。Daccaレーベル。

ソングス・イン・ア・メロウ・ムードElla_mellowmood