第29回 不滅のジャズ名曲-その29-バット・ノット・フォー・ミー(But Not For Me)

Murphy:「前回のビール・バーのデザイナーから、また問い合わせがあったんだけど。ジャンゴについては、文句なしということで非常に気に入っている。それで、時たまジャズ・ヴォーカルを流したいんだけど、誰がいいかDjangoくんにぜひ聞いてほしいということなんだ。ヴォーカルも、どこにでも流れているようなものではなく、こだわりを持って選曲するほうがいいだろうって。」
Django:「確かにその通りだね。ヘレンメリルのYou’d Be So Nice To Come Home Toなんかだと、最近どこの店でも流れているしね。”一応ジャズをかけています”っていう程度で、体裁だけととのえてそれ以上のお店のポリシーが感じられない。店主のこだわりというか。だから今度のその店は、新しいビール・バーということで、せっかくジャンゴを選んだんだから、ヴォーカルもそれに見合うだけのものが必要だ。」
M:「ボクもそう思う。最近やたらジャズをかける店が多くなって、有線か何か知らないけど、流れているものは、居酒屋も、寿司屋も、カフェも、何かおきまりの定食のような感じだから。Djangoくんの言うようにもっとこだわり持て!って、言いたくなるね。まあ、一般はそれでいいかもしれないけど、今度のお店は、こだわりの店にしようということだからね。何かいいアイデアある?」
D:「そうだな。ジャンゴが、戦前の古い録音だから、ヴォーカルもそのように…」
M:「そうすると、古い時代のもの、っていうこと?」
D:「そのとおり。」
M:「黒人のシンガー? それとも白人? 確かそのデザイナーが言ってたけど、黒人女性のヴォーカルは、ちょっとくせが強くて一般には聴きづらいのではないかって。だから白人女性シンガーあたりでどうか、と言っていたよ。」
D:「白人女性シンガーね。別のコンセプトの店なら合うけど。ここは黒人女性シンガーでいこう!」Dizzella_a
M:「でも、大丈夫? せっかくジャンゴを選んだのに、ムードを壊さない?」
D:「そんなことないよ。黒人シンガーでもいろんなタイプがいるから。まず、選ぶにあたって、相当実力のある女性シンガーを選ぶべきだな。中途半端な、素人に毛が生えたようなシンガーはだめ。その上で、聴いている方は、その歌手が黒人か白人か、区別がつかないような人?」
M:「そんなジャズ・シンガーっているの?」
D:「いるよ。それが、エラ・フィッツジェラルドだよ。歌のうまさは天才的。そのうえ、バラードは実にしっとりと歌い、暖かみがあり情感が伝わってくる。サラ・ボーンなんかは、すごく黒人ぽい歌い方をするんだけど、彼女は、歌い方に変なくせもないし。クラシック好きの人でも、おそらく納得し、脱帽だろうな。アップテンポの曲も、思いっきりスイングして、ひとたび調子にのれば、アドリブで自由自在にスキャットができる。変幻自在だね。」
M:「へえ、そうなの。」
D:「それで、これからがポイントなんだけど、彼女は、1917年4月にヴァージニア州で生まれている。一般に市場に出回っている アルバムは、50年代の半ば以降で、年齢でいえば、40歳過ぎてからの吹き込みが圧倒的に多いんだ。」
M:「そりゃそうだね、1960年の録音なら43歳か、70年なら50歳以上だ。」
D:「もちろん、これほど歌のうまい彼女のことだから、50歳を過ぎても第一線でバリバリ活躍できたし、今でもその頃のアルバムも素敵だと思う。でも、彼女の若い頃の歌声は可憐で初々しくて本当に素晴らしいよ。もっと聴いてあげてもいいくらい。だから、今回は、エラを起用して、あまり一般には聴かれていない50年代までのアルバムで統一すればいい。30代の頃までの録音だね。そうすると、ジャンゴと時代的にも統一がとれるから。」
M:「なるほど、Djangoくん、うまいこと考えるね。」
D:「Murphyくんも、そのころのアルバムを一度聴いてみたら?」
M:「でも、その時代のアルバムって、簡単に手にはいるの?」
D:「最近はね、いい復刻盤が出てきたよ。それでね、ピアノのエリス・ラーキンスという歌伴の名人と2人で録音した曲があるんだ。そのなかで、おすすめは、バット・ノット・フォー・ミー(But Not For Me)という曲。このあいだ出てきたガーシュインの作曲。ジャズ・スタンダードとして大変人気のある曲で、これまでいろんなアーティストがこの曲を採り上げてきた。まさに名曲だね。例えば、歌では、ダイナ・ワシントン、クリス・コナー、リー・ワイリー、チェット・ベイカーなど。演奏では、マイルスがバグズ・グルーブというアルバムのなかで採り上げている。」
M:「ところで、そのバット・ノット・フォー・ミーの入っているアルバムは?」
D:「彼女も何度も録音しているけど、ここは、エリス・ラーキンスの歌伴で1950年に吹き込んだのを選ぼう。アルバム名は、「Ella Fitzgerald Vol.3 Oh! Lady Be Good」。彼女の1945年から52年までのレコーディング。レーベルは、イギリスのNAXOS JAZZ LEGENDS(直輸入盤)。NAXOSは、このところ大変いい復刻盤を次々と出している。デジタルリマスター技術により相当音質がよくなっている。このアルバム、全17曲中、8曲はピアノ1台による伴奏で、他はトリオ、オーケストラ伴奏。これ一枚で、彼女の多彩な歌い方が楽しめるんだ。」
M:「わかった、とりあえずそのアルバムをデザイナーに紹介するよ。」
D:「ところで、そのデザイナーには、アルバムを先に見せずに、先入観なしで、だまってまず曲を聴いてもらって」
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Oh! Lady Be Good Ella Fitzgerald Vol.3 Original 1945-1952 recording NAXOS JAZZ LEGENDS 8.120716 2003/6/2 Release 120716

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