第35回 不滅のジャズ名曲-その35-イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン(It’s Only a Paper Moon)

Murphy:「前回出てきた、ナット・キング・コールっていう人に興味を持ったんだけど。確か矢口史靖監督の映画"スウィング・ガールズ”のなかで、彼の歌が出てこなかった?」
Django:「そのとおり。映画のエンディングで流れていたのがナット・キング・コールの有名な歌で"ラブ(L-O-V-E)"っていう曲だよ。当時大ヒットした曲。」
M:「映画で歌っていたのも彼なの?」
D:「そう。ナット・キング・コールは、1950年代前半からのキャピトル(Capitol)の看板シンガーだった。でも、ジャズピアニストとしての力量も相当なもの。1956年にリリースされた"アフター・ミッドナイト(After Midnight)"というアルバムはまさにその名盤で、彼が一流のピアニストであったことがわかるよ。」
M:「そうか。てっきり歌手だと思っていたよ。ところで、映画スウィング・ガールズで流れていた"ラブ”っていう曲は、どのアルバムで聴けるの?」
D:「Murphyくん、映画を見てその曲をもう一度聴きたくなったのか。」
M:「そのとおり。それと、あとビッグ・バンドにも興味が出てきたよ。とりあえず、アルバムの方を教えて?」
D:「"L-O-V-E"という曲名がタイトルになっているアルバムは、東芝EMIから1992年にリリースされたものがある。でも、発売からずいぶん経過しているので、入手困難かもしれないね。他には、2005年にナット・キング・コールの没後40年を記念してイギリスEMIが編集したベスト盤がある。彼のキャピトル時代の代表曲が、ほとんど網羅されている。音質はこのアルバムが一番いい。但し、40年記念アルバムということで現在値段がちょっと割高になっている点が問題。それにこだわらなければ、2002年のリリースで東芝EMIから"ナット・キング・コール・ベスト"というアルバム。これもベストセラー曲をまとめたもの。このあたりから入ったらどう?」
M:「そうだね。その3つ目の国内盤は他にどんな曲が入っているの?」
D:「大ヒット曲、モナ・リザをはじめ、スターダストなども入っている。それに"ハロルド・アーレン(Harold Arlen)"が
1933年に作曲した有名なジャズ・スタンダード曲、"イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン(It’s Only a Paper Moon)"。この曲は前回紹介したマーカス・ロバーツも吹き込んでいる。」
M:「わかった。あの暖かみのある声が魅力だなあ。」
D:「ところで、言っておくけど、ナット・キング・コールはこれだけではないからね。先ほどあげた、"アフター・ミッドナイト(After Midnight)"も忘れるなよ。このアルバムにも、"イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン"が入っているんだから。」
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After Mid Night / Nat King Cole [Limited Edition] 東芝EMI 1956年録音
アフター・ミッドナイト
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Nat King Cole Best  東芝EMI 2002年リリース
ナット・キング・コール・ベスト

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The World of Nat King Cole 英EMI 2005年リリース
The World of Nat King ColeWorld_of_natkingcole_1

第34回 不滅のジャズ名曲-その34-イッツ・オールライト・ウイズ・ミー(It’s All Right With Me)

Django:「今回はピアノの話。」
Murphy:「ジャズピアノは、オスカー・ピーターソンとかビル・エバンスなどは何枚かアルバムを持っているんだけど。そのあたりの話題?」
D:「もっと新しい人。現役だよ。」
M:「若手ピアニスト?」
D:「そう。といってももう40を過ぎているけど。マーカス・ロバーツ、って知ってる?」
M:「知らないなあ。黒人のピアニスト?」
D:「そのとおり。マーカスは、1963年生まれ。フロリダ出身の盲目のピアニスト。1985年にウイントン・マルサリスのバンドに抜てきされた。デビュー当時ニューヨーク・タイムズは、20年来の逸材だと絶賛した。」
M:「へえー、そんな大物なの。マルサリスのバンドに入ったぐらいだからすごいね。」
D:「彼のリーダーアルバムを聴いて、”スタインウェイは、マーカスのためにあったのか!”と思ったね。」
M:「スタインウェイって、あのピアノメーカーのこと? それ、どういうこと?」
D:「ピアノは、自在に音色を変えられない。弦楽器のようにビブラートもかけられない。サックスのように細かな息づかいまで表現できない。本来自分の感情をダイレクトに伝えるには、ピアノは他の楽器に比べ、かなりの制約がある。ところが、優れたピアニストの手にかかると、こういった先入観が見事にくつがえされる。ひとたびスタインウェイがマーカスの手にわたると、ピアノが目覚めたかのように生き生きと反応しだし、雄弁に語りかける。息づかいや細かな感情までも伝わってくる。ピアノってここまで豊かに感情を表現できるのかと、驚いてしまう。」
M:「Djangoくん、マーカス・ロバーツ絶賛しているね。」
D:「マーカスをはじめて聴いたときの衝撃は今でも鮮明に覚えている。彼のピアノは、ラグタイム、ブルース、ニューオリンズスタイルにルーツを持ち伝統を継承しながらも、彼独自の新しいスタイルを打ち出している。左手の動きがきわめてユニーク。右手の歌うようなメロディーライン、語りかけるようなフレーズ、そして本物のブルースが飛び出してくる。まさにジャズなんだ。しかも、彼のピアノは、ジャズという狭い枠を飛び越え、クラシックのピアニストを含めてもこのレベルの人を見つけるのが困難なほど、音楽的にきわめて高度なレベルに到達している。」
M:「へえー、そんなにすごいのか。」
D:「ボクか感じたことは、彼の演奏はすべてアドリブにもかかわらず、クラシックの作曲家が一音たりとも妥協を許さず綴った楽譜と同じくらいのレベルに達していると思ったこと。それでいて曲の展開がまったく予測できないほど、スリリングで斬新。言葉がものすごく豊富だね。全くムダがない。かといって、堅苦しくもなく、きわめてリラックスした演奏。こちらが真剣に耳を澄ますほど、語りかけてくる音楽だ。Murphyくん、彼のアルバム、是非ヘッドフォンで聴くことだな。そうすると、初めて彼の気持ちが伝わってくるよ。」
M:「彼の演奏に集中して聴くということか。わかった。ヘッドフォンだと集中できるしね。」
D:「それと、ジャズファンだけでなく、広くクラシックファンにも、特にピアノを演奏している人にも教えてあげたいね。」
M:「アルバムは、どのくらいあるの?」
D:「おそらく30枚近くにのぼるかな。スコット・ジョップリン、ジェリー・ロール・モートン、ガーシュイン、コール・ポーター、セロニアス・モンク、デューク・エリントン、ナット・キング・コールなど、まさにジャズの歴史といえる多くの巨人たちの様々なスタイルと曲を採り上げている。重要なのは、マーカスのアルバムが、単にモダンジャズの狭い枠にとどまらずに、ブルース、ラグタイムからニューオリンズ、スイングなどを含む、実に広い過去のジャズ遺産を継承していること。今回は、数あるアルバムのなかで、比較的新しい2001年にリリースされた、”コール・アフター・ミッドナイト(Cole After Midnight)”を選んでおこう。マーカスだけは、1枚だけに絞り込むことは不可能だけど。このアルバムは、ピアノトリオで、”ナット・キング・コール”(下写真)の名曲(“コール・ポーター”の作曲を含む)をフィーチャーしたもの。Nat King Cole

その中の15曲目の”コール・ポーター”作曲の”イッツ・オールライト・ウイズ・ミー(It’s All Right With Me)”は、きっとMurphyくんも聞き覚えのある軽快な曲だよ。それから、イントロとエンディングの”Answer Me, My Love”は、実に深々とした演奏。この曲は知らずに聴くとクラシックの演奏家と思うかもしれない。」
M:「”イッツ・オールライト・ウイズ・ミー”、曲名は聞いたことあるな。確かオスカー・ピーターソンがよく演奏していなかった?」
D:「そのとおり、1953年のミュージカル”カン・カン”のナンバー。エラ・フィッツジェラルドの得意曲でもあるし、クリス・コナーも歌っている。それこそみんな知っている曲だね。」
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Cole After Midnight / Marcus Roberts Trio, Sony Music 2001
Marcus_coleaftermid Cole After Midnight