第25回 不滅のジャズ名曲-その25-マイナー・スイング(Minor Swing)

Murphy:「Djangoくん、知り合いのデザイナーから、頼まれたんだけど、その人がプランニングしたお店にマッチした音楽をセレクトしてほしいということなんだ。それで、多分ジャズが合うんじゃないかと思っているんだけど。」
Django:「どんなお店?」
M:「ビールのお店なんだけど、これまでのドイツのビアホールのようなイメージでなくて、もう少し新しい感じ。店はそんなに広くなく、カウンター中心。ドイツやオランダ、イギリス、ベルギーなどのヨーロッパのビールを豊富に取り揃えているらしい。」
D:「イギリスのパブのようなイメージかな?」
M:「カウンターで飲むスタイルは、似ているけど。インテリアは、古いイメージなんだけど、コンテンポラリーな雰囲気もあるらしいよ。ヨーロッパの様々なビールを味わってもらう店。気軽に入りやすいんだけど、どちらかと言えば大人のイメージで、落ち着いた雰囲気にしたいらしい。それと、お店のイメージを説明するのに、オールド感というか、レトロ、ヴィンテージ、といったキーワードを使っていたよ。」
D:「そうか、ヨーロッパのビールね。日本のビールと違って、本当に種類が豊富だからね。しかも味わい深いし。ボクはもともとドイツビールが大好きなんだ。」
M:「Djangoくんなら、どんなイメージの音楽がいいと思う?」
D:「やはりジャズだね。でも、あまりうるさくても困るからね。それと、ごくごく一般的な、どこにでもかかっているようなジャズでは面白くないしね。だいたいイメージが固まってきたよ。」
M:「じゃ、教えてくれる?」
D:「そう、急ぐなよ。一つ質問していい? お客さんのイメージは?」
M:「30代から40代って言ってたね。男性だけでなく、女性にも魅力的なお店ということらしい。決まった?」
D:「決まりました。トランペットやサックスは外そう。管楽器なし。ヨーロピアン・イメージのジャズだね。フランスのシャレた雰囲気もほしいし。耳障りにならず、いつでも聴けて、聴いているとスイング感が心地よいもの。ピアノトリオはいかにも、っていう感じだし、今回ははずそう。ヴォーカルはときどきアクセントにかければいいね。」
M:「おいおい、具体的にいってくれよ。Djangoくんは、いつももったいぶるんだから。」
D:「言いにくいな。」
M:「どうして」
D:「今回は、ボクと同じ名前だから。」
M:「えっ、ひょっとしてジャンゴ?」
D:「そのとおり。ギターのジャンゴ・ラインハルトとヴァイオリンのステファン・グラッペリのコンビ。ジャンゴ・ラインハルトとフランス・ホットクラブ・五重奏団。レトロで、どこか昔聴いたような懐かしさがあり、優雅な香りも漂い、リラックスして聴ける。その上、アップテンポでのスイング力は凄まじい。後の、ウエス・モンゴメリーを思わせる一瞬も感じられる。ジャンゴの演奏のなかで、真っ先にあげたい名曲は、マイナー・スイングという曲だね。」120515_2
M:「ジャンゴか、いいね。今でも人気があるの?」
D:「ヨーロッパでは日本以上に人気があるね。特にフランスでは未だに根強い人気のなかで、コンスタントに彼のレコーディングを復刻してきた。最近では、ナクソスレーベルが、NAXOS Jazz Legendsシリーズでいいアルバムを復刻している。ジャンゴだけで10枚ほどになるかな。でも、ジャンゴのアルバムの決定版は、イギリスJSP盤だね。ステファン・グラッペリとの黄金時代を記録した演奏集(5枚組)。それと続編の1937年〜1948年までの演奏を収録した、Vol.2の4枚組セット。音質向上は著しいね。いくら名演でも古い時代の録音なので、これまでのノイズの入った音質では魅力が半減していたことも事実であり、そういった意味で、最新のリマスター技術を駆使したアルバムの功績は評価したいね。」
M:「Djangoくん、さすが、同じ名前だけあって、ジャンゴ・ラインハルトのことは詳しいね。またいつかじっくり聞かせて。」
 ◇◇◇
●NAXOS Jazz Legendsシリーズ
○ジャンゴ・ラインハルト:「ジャンゴロジー 第1集」〜フィーチュアリング・ステファン・グラッペリ(1934-1935) 8.120515
○ジャンゴ・ラインハルト 第2集:フランス・ホットクラブ五重奏団録音集 (1938-1939) 8.120575
○ジャンゴ・ラインハルト 第3集:「スウィング・ギターズ」フランス・ホット・クラブ五重奏団録音集 1936-1937 8.120686

●イギリスJSP盤 グラッペリとの黄金時代を網羅したジャンゴの決定版。
The Classic Early Recordings in Chronological Order
Djangovol1ジャンゴ・ラインハルトがヴァイオリンのステファン・グラッペリと組んだ、フランス・ホット・クラブ5重奏団時代(1934年から39年)の傑作124曲が収録された決定版(5枚組)。発売はイギリスのJSP Records。JSPは、ブルースとジャズの復刻版では定評があり、いまや世界中のマニアが注目するレーベル。古い時代の録音ながら、音質は素晴らしくよくなった。(最初は下記のVol.2よりこちらの5枚組をおすすめします。)

●イギリスJSP盤 「The Classic Early Recordings in Chronological Order」の続編で、1937年から1948年までの演奏を収録した後期の決定版。
Paris and London: 1937-1948, Vol. 2
Django193748_1「The Classic Early Recordings in Chronological Order」の続編として2001年にリリースされた4枚組85曲入りのボックスセット。こちらは、フランス・ホット・クラブ5重奏団時代の演奏に加え、グラッペリとのコンビを解消後、クラリネットのユベール・ロスタンとのコンビ時代の演奏やビッグ・バンドとの共演などが収録されている。Vol.1同様、音質改善が著しい。なお、名曲「Minor Swing」はこちらのセットに収録されている。

第24回 不滅のジャズ名曲-その24-サーフ・ライド(Surf Ride)

Murphy:「Djangoくん、また、ハワイの別の友人から、ジャズのアルバムについて問い合わせがあったんだけど。」
Django:「今度はどんな質問?」
M:「彼は、サーファーなんだ。Pict0083sもちろんプロでなく趣味でやっているんだけど。その彼が、ノースショアでサーフィンをした帰りに、クア・アイナでハンバーガーKua_icon_burgを買って、車の中に持ち込んで食べていたら、ラジオでジャズが流れてきたんだ。いつもは、ジョン・クルーズやIZのCDなどをかけているんだけど、たまたま聴こえてきたジャズがけっこう良かったらしい。それで、何か、ジャズのCDを買おうかと思ったらしく、ボクのところにメールが来たんだ。」
D:「そう、サーファーか。」
M:「Djangoくん、また何か選んでくれる? 前回は、その後確かめたらピッタリ当たっていたよ。」
D:「わかった。その人に合いそうなCDをセレクトするよ。ところで、その人は、いつもアロハを着てるの?」
M:「そうだな。いつもではないけど、アロハはけっこう、こだわりを持って着ているようだね。Django君は、知らないと思うけど、ビッグ・アイランドのヒロに店を構える、シグ・ゼーンのデザインしたアロハをよく着ているね。」
D:「シグ・ゼーン? 聞いたことないね。」
M:「で、どうして、アロハを着ているかって聞いたの? 関係あるの?」
D:「いや、それほど関係はないんだけど。アロハの柄って、ほんとに種類が豊富だよね。ちょうど、ジャズのアルバムみたいに。だから、ジャズ・アルバムを選ぶということは、好みのアロハ・シャツを探すのと似ていると思ったから.
何かヒントになるものはないかと思ったんだけど。それで、シグ・ゼーンのアロハって、どんなイメージ?」
M:「シグ・ゼーンは、もともとサーファーなんだよ。サーフィンをした後、街で着る気に入ったアロハが見つからなかって、自分のオリジナルデザインのアロハを考案したのが、きっかけらしいよ。」
D:「そうか。そのハワイの友人は、相当こだわりをもっている人だね。その人のアロハが好きだということは。」
M:「その通り。」
D:「それなら、センスのよいもの、こだわりを持ったものを選ばないとね。泥臭いものではなく、洗練されていて、聴いててあまり重くないものだな。」
M:「そういう感じだね。Djangoくん、イメージできた?」
D:「ある程度ね。いまイメージしているのは、Murphyくんの話の中に出てきた、ヒロにある、シグ・ゼーンのお店でBGMとして流れていても、おかしくないアルバムを考えているんだけど。」
M:「なるほど、それはおもしろいね。」
D:「それで、もうひとつ。イメージとしては、ハワイだろう。それにサーファー。そうなるとますます重いものはだめだね。普段着で軽く聴けて、さらっとしているもの。でも、味がなければね。」
M:「決まってきた?」
D:「これはね。Murphyくん、思いっきりスイングしているものがいいね。でも、重量級の大編成スイングジャズは、合わないし。あと、風がキーワードだね。ハワイ、海、風となると、ウエスト・コースト・ジャズだね。」
M:「ウエスト・コーストって?」
D:「西海岸だよ。」
M:「なるほど、それは合うかもね。西海岸はサーファーも多いしね。気候もハワイと似ている。」
D:「そうだろう。決まったよ。ズバリ、アート・ペッパーの50年代初期の傑作、「サーフ・ライド」 。人形のような女性がサーフィンしているジャケットもお似合いだし。」
M:「それはスゴい。アルバムのタイトルといい、ジャケットまでピッタリだね。ところで、アートペッパーって、サックス?」
D:「そのとおり。アルト・サックスの名手。このアルバム、50年代の録音で、軽快にスイングしながら、けっこう波乗りのようなスリルもあるし。重くないからいいね。」
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アート・ペッパー(as)のファースト・リーダー・スタジオ・アルバム。
サーフ・ライド / アート・ペッパー(as) 1952〜54年録音
サーフ・ライド Surfrider2

第23回 不滅のジャズ名曲-その23-モーニン(Moanin’)

Murphy:「ハワイの友人から、最もジャズらしいアルバムを探しているんだけど?って聞かれたんだけど。Django くんならどう答える?」
Django:「それはむずかしいね。ジャズは時代によって様々な演奏スタイルを持っているからな。どのあたりのジャズを聴きたいかで、選曲も変わるし。なにか参考になるものある?」
M:「そうだね。その人が言っていたのは、ホノルルのカイムキ・タウンにある古いカフェでコーヒーを飲んでいたら、BGMでジャズが流れていたんだって。ものすごくかっこいいフレーズだと思ったらしいよ。」
D:「ああ、カイムキ・タウンか。古いお店がけっこうあるところだね。そのフレーズって、みんな知っているぐらい有名なフレーズかな?」
M:「そうらしいよ。以前にも聞いたことあるって言っていたね。一度聞いたら忘れないくらいシンプルだって。そのカフェが50年代風のインテリアで統一されていて、その曲が流れたとたん、すごくその場の雰囲気に溶け込んだそうだよ。それで、家に帰って、急にジャズを聞きたくなったらしい。できれば、その時流れていた曲が入っていたらいいんだけど、と言っていた。彼はもともとゴスペルが好きなんだ。」
D:「そうか、だいたいわかってきた。そのフレーズって口ずさめるぐらい?」
M:「さあ、それはどうかわからないな。」
D:「じゃあ、その曲が入っているアルバムを選んだらどう?」
M:「そう言っても、Djangoくん、その曲、わかるの?」
D:「およその検討はついている。たぶんレーベルは、ブルーノートじゃないかな。」
M:「ああ、あの有名なブルーノート・レーベルね。そういえば、これまで一度も、ブルーノートのアルバムは、採り上げていなかったね。ところで、その曲はなんていう名前?」
D:「まだ、少し迷っているんだけど、他に何か言ってなかった?」
M:「そうだなあ。覚えてないなあ。」
D:「よし。それじゃあ、アルバム強引に決めよう。ゴスペルが好きだと聞いてピンときたんだ。その曲は、モーニン。演奏は、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ。ブルーノート4000番台のはじめで、4003番だ。」
M:「アートブレイキーね。聞いたことあるな。ボク実は、ブルーノートのアルバムはほとんど持ってないんだ。モーニンっていう曲、ボクでも知っているかな?」
D:「もちろん。モダンジャズ史上で最も人気の高い曲だよ。いわゆるファンキー・ジャズっていうカテゴリーに入るんだけど。この曲、1958年の吹き込みで、当時一世風靡した大ヒット作。かつてソバ屋の出前持ちまでが口ずさんでたっていうのが伝説になっている。そのくらい流行った曲。」
M:「ああ、思い出した。ソバ屋で。あの曲か。知っているよ。曲名を知らなかっただけだね。」
D:「今でも、ライブでとても人気があるね。ウィントン・マルサリスがリンカーンセンター・オーケストラを統率して来日したコンサートで、アート・ブレーキー特集をやったんだけど、モーニンが始まると、会場は大拍手。みんなこの曲の演奏を待っていたんだね。それから、昨年春、ルイス・ナッシュと会った時に、その年の秋のライブは、50年代のハードバップ全盛時代の有名な曲をシリーズで採り上げる予定だと言っていた。美術館で名画を見るように、50年代ハードバップ・ギャラリーという企画にしたいと言っていたね。それで、その秋のライブでは、50年代ギャラリーとして、モーニンも演奏したんだけど、会場の拍手はすごかった。みんな、このモーニンが今でも大好きなんだ。ところで、その時のルイス・ナッシュの編成したグループの演奏は、本当に素晴らしかったね。」
M:「よし、このモーニンの入っているブルーノートのアルバムを彼にすすめるよ。ところで、いつも聞くけど、この曲は誰が作ったの? アート・ブレーキーだろう。」
D:「いや、違うんだ。ジャズ・メッセンジャーズのメンバーでピアノのボビー・ティモンズ(Bobby Timmons)の作曲。 そうそう、Murphyくん、その人に伝えておいて。確かにこのアルバムは大ヒット作で、名盤なんだけど、ジャズはこれだけではないからって。それに、このモーニンは、もう一つ有名なライブアルバムがあるからね。そちらの方のタイトルは、サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ 。」
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Mornin_bnモーニン+2

第22回 不滅のジャズ名曲-その22-ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ(You’d Be So Nice To Come Home To)

Murphy:「Djangoくん、今日は自分の持っているアルバムを持ってきたよ。ボクが最初に買ったジャズ・ヴォーカルのアルバムはこれなんだけど。」
Django:「Murphyくんも、ジャズ・ヴォーカルのアルバムを持ってたのか。どれ、あっ、これか。超有名なアルバムだね。ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン。」
M:「ヘレン・メリルの有名な曲、ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥを聴きたくてね、買ったんだ。いつもほとんど、この一曲だけしか聴かなかったんだけど、Djangoくんの影響を受けて、全曲通して聴いてみたよ。」
D:「どうだった?」
M:「ホワッツ・ニュー、とか、イエスタデイズもいいね。でもやっぱりこの曲が一番だと思った。それと、この間から、Djangoくんのジャズの話を聴いて、少しジャズ・ミュージシャンの名前がわかってきたんだけど、あの、クリフォード・ブラウンが演奏していたんだね。それと、ベースが、オスカー・ペティフォードだったんだ。」
D:「その通り。Murphyくんも詳しくなってきたね。このメンバーはすごいよ。それに編曲は、その後一世風靡した、クインシー・ジョーンズ。ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥの間奏で、出てくるトランペットのあの音色がブラウニーなんだ。」
M:「ところで、この曲は、誰が作ったの?」
D:「コール・ポーター。「サムシング・トウ・シャウト・アバウト」という映画のために作曲したんだけど、1943年ごろだね。コール・ポーターは、1920年代から60年代まで、数々のスタンダードを書き続けた作詞・作曲家で、この曲以外にも、All Of Youや Night And Day、Begin The Beguineなど、数多くの名曲を残しているんだ。2005年には、彼の一生を綴った映画『五線譜のラブレター 』が公開されたし、その概要はいまでもホームページ上で見られるよ。」
M:「そう、さっそく見てみるよ。もう一つ質問なんだけど、ヘレン・メリルは、他に有名なアルバムがあるの?」
D:「あるけど、当分は、Murphyくんにはこのアルバムだけでいいと思うよ。ヘレン・メリルは、60年代の後半から5年ほど日本にも住んでいたんだ。その後、毎年のように来日しているから、そのうちまた、ライブでも聴けると思うけど。」
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Youdbesonice_h_mjpgヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン

第21回 不滅のジャズ名曲-その21- アイヴ・ガット・ザ・ワールド・オン・ア・ストリング(I’ve Got the World on a String)

Murphy:「Djangoくん、さっそくW.C.ハンディのアルバム聴いてみたんだけど、これ、すごくいいね。ルイ・アームストロングってこれまで、あまり聴いてなかったけど、けっこうおもしろいね。」
Django:「そうだろ。Murphyくんは、明るい曲が好きだからね。ルイのアルバムは、前回にも言ったけど、1920年代から録音していたから、かなりのアルバム数で、おそらくどれを選べばよいかわからないと思って、真っ先に決定版といえるものを選んだんだ。」
M:「ところで、Djangoくん。ルイのアルバム、もっと教えてくれない? 実はね、この間、たまたま戦前のハワイアン・ミュージックを聴いてみたんだけど、かなりジャズのようにスイングして、とてもノリがよかったんだ。ギターのかわりにウクレレが入っていたりして、編成もおもしろかったね。それがきっかけで、モダンジャズ以前のスイング時代のジャズを少し聴いてみたいと思うようになったんだ。それと、もう一つ、映画の「スウィング・ガールズ」を見て、ああ、ジャズっていいなあって、実感したよ。」
D:「そう、スウィング・ガールズ、見たのか。あれはビッグ・バンドだったね。それなら、Murphyくん、ルイのかなり古い頃の演奏を聴いてみたら?」
M:「それって、いつ頃のもの?」
D:「1920年代から30年代の頃だね。」
M:「そんなに古いのか。でも、そのころの録音って、ものすごく悪いんじゃない? ノイズなんかも多くて。SPレコードだろう?」
D:「そう、SPレコードの時代だよ。でも、けっこう聴けるよ。以前は、CD化されてもかなり音質が悪かったけど、今ではかなりよくなっているよ。」
M:「音質ってそんなによくなったりするの?」
D:「そう。デジタル技術が発達して、ノイズが除去できるようになったんだ。しょせん古い録音だから限界もあるけど、ヘッドホンで聴いても耳障りでなくなったし。そうだな、最新のデジタル・ノイズ・リダクション技術をつかって、見事に復刻した、ルイのアルバムがあるんだ。これ一度聴いてみたら?」
M:「そうか。音質がよくなっているのか。知らなかったなあ。古い録音というだけど、これまで見向きもしなかったよ。それで、どんなアルバム?」
D:「ナクソス(NAXOS)レーベルって知ってる?」
M:「ああ、クラシックの廉価盤で有名なレーベルだろう。」
D:「その通り。ここのナクソス・ジャズ・レジェンド(NAXOS JAZZ LEGENDS)というシリーズで、ルイの20年代から30年代のアルバムが確か2枚ほど出ていたと思うんだけど、おすすめは、「アイヴ・ガット・ザ・ワールド・オン・ア・ストリング(I’ve Got the World on a String)」というアルバム。このアルバム名は、ハロルド・アーレン(Harold Arlen)という人が作った、コットン・クラブのショーのために書かれた曲をタイトルにしている。もちろんアルバムの1曲目に入っている。」
M:「ハロルド・アーレンって有名な作曲家?」
D:「そう。Murphyくんの好きな、ハワイの「イズ」が歌っているOver The Rainbowの作曲者だよ。数々のスタンダード名曲を残した人だね。ハロルド・アーレンは、NYのハーレムのコットン・クラブでピアノを弾いているうちに作曲家としての頭角をあらわした人で、数々の名曲は、今でも多くのジャズ・シンガーに歌われている。ところで、コットン・クラブといえば、その昔デューク・エリントンが出演していたクラブ。コッポラ監督の「コットン・クラブ」という映画もあるよ。」
M:「タイトル曲以外にどんな曲が入っているの?」
D:「有名な曲では、スターダストやセントルイス・ブルース、ベイジン・ストリート・ブルースなど。太くて、誰よりも遠くまで届く元気なトランペット、ルイ独特の大きな目玉を動かしながらの歌声、ラップのようなメンバー紹介など、すべてが生き生きとジャズを奏でる。特に、スローになりすぎず、軽快なミディアムテンポで演奏する、スターダストは、何度も聴きたくなるね。一度聴けば、忘れられないほど、印象的だ。」
M:「そうか、またスターダストが出てきたね。同じスターダストでも、今回の1930年代のルイの録音、第18回に出てきた50年代のエラ・フィッツジェラルドの録音など、同じ曲でも、演奏スタイルによって曲の雰囲気がガラッと変わるところが、ジャズの面白さだね。」
D:「Murphyくん、いいこというね。そのとおりだよ。」
 ◇◇◇
Louis Armstrong Vol.2 / I’ve Got the World on a String (Naxos Jazz Legends)は、OKehレーベルとVictorレーベル時代のSPレコード音源。1930〜1933録音。
Louisarmstrong_naxos_1I’ve Got the World on a String/Louis Under the Stars

第20回 不滅のジャズ名曲-その20- セントルイス・ブルース(St. Louis Blues)

Django:「このところ、ヴォーカルアルバムの話題が続いているんだけど、ジャズ・ヴォーカルを語るなら、やはりこの人のことをもっと言わないと...。」
Murphy:「だれ?」
D:「第16回に登場したんだけど、もう一度、今回改めて採り上げたいんだ。」
M:「第16回といえば、エラ&ルイのアルバムだけど、どっち?」
D:「ルイの方だよ。サッチモことルイ・アームストリング。Murphyくんは、ルイの曲は他に何か知ってる?」
M:「そうだな、以前にホンダのCMに出てきた歌ぐらいかな。」
D:「ああ、What a Wonderful Worldね。この曲は一番ポピュラーかもしれないね。今回は、ルイのもっと古い録音で、どうしても採り上げたいアルバムがあってね。ルイのアルバムはとても多いけど、そのなかで彼のベストアルバムの1つだと思っているのがあるんだ。でも、案外このアルバム、あまり知られていないかもね。」
M:「古い録音って、いつ頃の?」
D:「1954年の録音で、CBSに吹き込んだ「ルイ・アームストロング プレイズ・W.C.ハンディ」というアルバム。」
M:「W.C.ハンディ? 聞いたことないけど、ひょっとして作曲家の名前?」
D:「そのとおり。このアルバムは、ルイの傑作の1つだね。ハンディという作曲家は、ブルースの父といわれる人で、数々のブルースを作曲している。一番有名な曲は、セントルイス・ブルース。」
M:「ああ、その曲知っているよ?」
D:「そうだろう。みんな知っている曲だね。ルイは、この曲を1920年代から何度も吹き込んでいるんだけど。このアルバムでの演奏が間違いなくベストだね。あの陽気なルイが、いつになく真剣に取り組んだアルバムで、相当な集中力で気迫が漂っている。すべてハンディの曲で11曲も録音するっていうことは、ルイにとっても、相当なプレッシャーがあったと思うね。ブルースの父、ハンディの曲を演奏するんだから、へたなものは作れないという気持ちが、アルバム全体を支配している。当時のレコードのライナーノートで、大和明さんが書いているけど、作曲者であるハンディ自らが、

「当時出来上がったテープを、レコード編集室で聴いた81歳のW.C.ハンディは視力を失った目に感激の涙を浮かべ、自分の作品をこれ以上に素晴らしく演奏したのはルイ以外にかつてなかった。(大和明著 ライナーノートより)」

と、絶賛したらしい。」
M:「あの、サッチモがそんなに気迫を込めて演奏したのか。」
D:「そう。Murphyくんにも、ぜひ一度聴いてほしいんだけど。ボクは初めてこのアルバム聴いた時、1曲目のセントルイス・ブルースで、うわあ、スゴイと思ったね。ルイが素晴らしいリズム感でリードしていく。これまで聴いてきたこの曲のイメージとは異なり、セントルイス・ブルースって、こんな生命力があったのか、と思ったね。まさに、ブルース。名曲!。でも、ルイのことだから、ユーモアも忘れていない。この曲を聴いて以来、一番好きなブルースは? と聴かれれば、真っ先に、ルイのセントルイス・ブルースが浮かぶんだ。」
M:「Djangoくんにとって、セントルイス・ブルースは、マイ・フェイバリット・ソングだったのか。」
 ◇◇◇
プレイズ・W.C.ハンディLouishandy

Louis Armstrong- Live