ジャンゴのエリントン・ノート -その1-

デューク・エリントン。偉大な作曲家、ピアニスト、アレンジャー、楽団経営者、音楽プロデューサー、その肩書きは一言では言い表せない。自分が今、最も関心の高い音楽家であることは間違いない。

いい音楽を聴くといつまでも心に残る。ジャズもそうだ。でも、案外ジャズは普段生活の中で、いつまでもそのサウンドが頭の中で鳴り響くことは少ない。直接その音楽に接しているときだけ、ジャズを味わい、終わるとサウンドそのものはすぐに消えていく。言ってみればジャズは、瞬間の音楽であり、聴き手は演奏者のアドリブをリアルに追いかけていくのが醍醐味だ。聴いた後いつまでもそのサウンドが思い出され心に響くことは少ない。

しかし例外もある。二人の音楽家。一人はチャーリー・パーカー。何回も聴いているとアドリブフレーズの断片が記憶に残る。でも、パーカーは風のようだ。スーっと消えていく。いま掴んだと思ったら手の中には空気だけが残る。だからまた聴こうとする。何回聴いても聴きあきない。形になって残らないから聴くたびに新鮮だ。

もう一人は、デューク・エリントン。パーカーと違って、聴き終わった後いつまでも残る。頭のなかでそのサウンドが鳴り響く。オーケストラのサウンドの断片が思い出される。例えば、1957年にエリントンがシェイクスピアを読んで深く感動し、そのインスピレーションから書き上げた、Such Sweet Thunderという曲。これを聴いた後、いつまでも頭の中で鳴り響いた。ある特定の楽器が思い出されるのではなく、オーケストラのサウンド全体がいつも思い出される。

エリントンの音楽は、メロディがどうの、ハーモニーがどうの、リズムがどうのというように、分解してその特質が語られてきた。そうしないと説明がつかないからだ。エリントンのような複雑な音楽は、その特異性を指摘する上では、さまざまなアプローチから分析しなければ実態に迫ることはむずかしい。そのことはよくわかっている。自分でもいつかそういった理論を調べてみたい。でも、今はこの不思議なエリントン音楽をひたすら味わい続けたいと思う。エリントンの音楽は、ずいぶん複雑で不思議な音楽に聴こえるが、自分ではきわめて具体的でわかりやすい音楽だと思っている。もちろん聴き始めた頃は、さっぱりわからなかった。でも、聴き続けると、これほど魅力的な音楽は、そうは世の中にないと思うようになった。いやこれはクラシックの分野を含めてもである。つまり、20世紀のあらゆる音楽のなかでも、エリントン音楽は最も魅力的な音楽の一つであると思っている。しかもその音楽は、きわめて絵画的である。エリントン音楽の持つ特異なサウンド・テクスチェアは、キャンバスに描かれた絶妙な色彩を味わうときのイメージに近い。だから、エリントンの音楽は、絵画のようにいつもそのサウンドの断片が思い出される。

ジャンゴのエリントン・ノートは、今後こちらの新しいBlogに掲載していきます。

第55回 不滅のジャズ名曲-その55-スター・アイズ(Star Eyes)

Murphy:「バリー・ハリス(Barry Harris)のコンコード・レーベルに吹き込んだLive at Maybeck Recital Hall, Vol. 12は素晴らしいね。つくづくこういうアルバムが欲しかったんだと思った。それで、バリー・ハリスに興味を持ったんだけど、Djangoくん、他のアルバムを教えてくれる?」

Django:「Live from New York, Vol. 1という最新アルバムがある。昨年(2006年)の夏にLineageというマイナーレーベルからリリースされた。NYのライブハウスでのライブレコーディング。こちらは、ピアノソロではなく、トリオ。ジャズの名曲がズラリ並んでおり全10曲、最初の曲がスター・アイズ(Star Eyes)。この曲はGene De Paulの1943年の作品。1942年に作曲した四月の思い出(I’ll Remember April)に続く当時の大ヒット曲。パーカーを初め、アート・ペッパーもMeets the Rhythm Sectionに吹き込み、ティナ・ブルックスもMinor Move(Blue Note)で秀作を残している。

バリー・ハリスのこのアルバムは、他に、 PerdidoNight in TunisiaTea for Twoなどのスタンダード曲が収録されている。前回でも言ったように、バリー・ハリスはパウエル直系のバップピアニストで、今や貴重な存在。聴けば聴くほど味が出る演奏は、前回紹介したピアノソロアルバム同様で、このアルバムもライブだからリラックスしたなかに、長年ピアノを引き続けてきた彼ならではの洒脱なセンスのよさが溢れている。いずれ入手困難になることは間違いないだろう。パーカーが好きで、ビバップ派のピアニストを捜している人にはまさに至福のアルバムだね。Murphyくん、今からでも遅くないから、彼のアルバムはコツコツ集めておいた方がいいよ。」

M:「バリー・ハリスなんて全然知らなかった。Djangoくんからバリー・ハリスのことを聞いて、自分で調べてみたんだけど、鳩の写真のジャケットで有名なサド・ジョーンズ(Thad Jones)のザ・マグニフィセント・サド・ジョーンズ(Blue Note)でピアノを弾いていたんだね。」

D:「そのとおり。ちなみにサド・ジョーンズは、前々回に紹介したハンク・ジョーンズと兄弟で、ドラムのエルヴィン・ジョーンズを含めてジョーンズ3兄弟だ。」

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Live from New York, Vol. 1 : Barry Harris Trio 2006

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第54回 不滅のジャズ名曲-その54-パーカーズ・ムード(Parker’s Mood)

Murphy:「前回のハンク・ジョーンズのアルバムのように、気軽に聴けるピアノソロのCDを紹介してくれる?」

Django:「コンコードのLive at Maybeck Recital Hallシリーズのなかで、第12回のアルバムは、バリー・ハリス(Barry Harris)のピアノソロなんだけど、これがまた素晴らしい。バリー・ハリスは、パウエル派のピアニストのなかでも通好みで、聴くほどに味が出てくる演奏をする人。ビバップが好きな人に最適なピアニストだ。一聴すればなんでもないんだけど、さりげない音のなかに隠された微妙なニュアンスが込められている。

Live at Maybeck Recital Hallでは、全10曲収録されており、これがまた申し分ない選曲だ。ラストがパーカーの有名なブルースナンバー、パーカーズ・ムード(Parker’s Mood)で、冒頭から惹き込まれるよ。リラックスしたなかにキラリと光る洒脱なセンスが素晴らしい。ブルージーな雰囲気が空間を包み込む。ジャズの醍醐味がピアノ一台で堪能できる。本当はこういったピアノソロこそ、身近でいつまでも飽きずに聴けるんだ。」

M:「そのアルバムは今でも入手できるの?」

D:「いや残念ながら入手困難だね。1990年にリリースされたんだけど。また再発されるかもしれない。」

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Live at Maybeck Recital Hall, Vol. 12 : Barry Harris 1990

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第53回 不滅のジャズ名曲-その53-ブルー・モンク(Blue Monk)

Django:「今回はとっておきのピアノソロを紹介しよう。以前にロンカーターとジムホールのデュオアルバムを紹介したけど、その時のレーベル名を覚えてる?」

Murphy:「確か、コンコード(Concord)レーベルだったね。」

D:「そう。そのコンコードレーベルが1989年から、カリフォルニアのバークレイにある、メイベック・リサイタル・ホール(Maybeck Recital Hall)で、ユニークなソロピアノコンサートを企画し、ライブレコーディングを行ってきた。このホールはライナーノートによると、定員50〜60名ぐらいの小さなホールで、アットホームな雰囲気のなかで、往年の名ピアニストのソロコンサートをすでに40回以上開催している。」

M:「へえ、それはユニークだね。これまでどんなピアニストが登場したの?」

D:「70年代からコンコードレーベルでおなじみのデイブ・マッケンナを始め、ケニー・バロンやバリー・ハリス、それにエリス・ラーキンスなども登場した。今回はその中から、第16回のコンサートで1991年11月11日に収録された、大御所ハンク・ジョーンズを採り上げてみたい。」

M:「ハンク・ジョーンズといえば、この間、ロバータ・ガンバリーニの最新アルバムで歌伴をやってた人だね。」

D:「そのとおり。ラッシュ・ライフというアルバムだった。ハンク・ジョーンズ(Hank Jones)は、古くて新しい大人のジャズといった感じで、決して派手ではないが、実に味のある渋いピアノを聴かせる人で、今となっては貴重な存在だ。ボクはこのアルバムを発売と同時に買ったのだけど、期待どおりの演奏で、久々にくつろいで楽しむことができた。以来、このCDは、まわりが静まり返った夜によくかけるんだけど、聴けば聴くほど味の出るアルバムで、もう10数年飽きずに聴き続けている。

全部で17曲収録されており、スタンダード曲を中心に、どの曲も3分〜5分程度の時間にまとめられている。こういったソロアルバムは、案外少なく、コンコードのこのシリーズは今となっては実に貴重な記録だ。セロニアス・モンクの作品が2曲収録されており、ブルー・モンク(Blue Monk)ラウンド・ミッドナイト(Round Midnight)という名曲中の名曲が、ハンク・ジョーンズならではの、さらっとした演奏で楽しめる。あまり重くならず、かといって軽快に流れすぎず、中庸を得た演奏は絶品で、先ほども言ったように、大人のジャズをたっぷりと聴かせてくれる。リラックスしてさりげなく味のあるジャズを聴きたい人に最適だね。」

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Live at Maybeck Recital Hall, Vol. 16 : Hank Jones 1991

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第52回 不滅のジャズ名曲-その52-ザ・スター・クロスド・ラヴァーズ(The Star-Crossed Lovers)

Murphy:「エリントンは作曲家としての評価が高いけど、ボクはまだよくわからない。20世紀の最も優れた作曲家の一人だといわれているけど、今回はDjangoくんに是非そのあたりのことを具体的に話してほしい。」

Django:「エリントンの作曲家としての実力を示す一枚のアルバムを紹介しよう。サッチ・スイート・サンダー(Such Sweet Thunder)という1957年にCBSからリリースされたアルバム。このアルバムは、カナダのストラトフォードで開催されたシェイクスピア・フェスティバルのために、エリントンがビリー・ストレイホーンとともに書き下ろした組曲。この大作は、エリントンがシェイクスピアの全作品を読んで感動し、オセロ、ハムレット、ロミオとジュリエットなど数作品からのインスピレーションにもとづき作曲したといわれている。」

M:「シェイクスピアを題材としたその曲は、やっぱりジャズなの?」

D:「もちろんジャズ。でも、ジャズという枠を超えている。このアルバムのなかに、ロミオとジュリエットからインスパイアーされたザ・スター・クロスド・ラヴァーズ(The Star-Crossed Lovers)という曲が入っているんだけど、ボクはこれを聴いた時、こんなに美しい曲が世の中にあったのか、と驚いた。もはやジャズという狭い枠を超えて、広く音楽としてわれわれに深く訴えかけてくる。この曲を含む12曲がオリジナルLPに収録され、あたかもクラシック音楽の組曲を聴くように仕立て上げられている。エリントンとストレイホーンのコラボレーションにより出来上がったこの組曲は、エリントン音楽特有のユニークなメロディーライン、構図のおもしろさ、色彩豊かなハーモニーを持っており、エリントン音楽の素晴らしさの一端を味わうことができる。」

M:「エリントン音楽が、色彩豊かな音楽であると感じられるのは、どのあたりからそう思うの?」

D:「エリントン音楽はものすごく個性的だと思う。メロディもさることながらハーモニーが独特で、普通じゃない。ある種の響きの実験ともいえる曲が多い。わかりやすくて歌いやすく覚えやすいというタイプの曲ではない。絵具に例えると、明快で単調な色合いではなく、複数の色をブレンドした深みを持ったトーンを作り上げている。色彩感が豊かで絵画的な印象を持つエリントン音楽は、そういった意味ではドビュッシーやラヴェルに近いタイプの音楽だともいえる。でもエリントン音楽はジャズであり、スイング感やビートを持ち合わせているので、クラシック分野の音楽とは全く異なる。でも、もしクラシック音楽が好きで、特にドビュッシーなどのフランス音楽を好む人であれば、きっとエリントン音楽に魅力を感じると思う。しかし、それにしても、エリントン楽団はどうしてこんなにユニークなサウンドが出せるのか…。エリントン・マジック、実に不思議だ。」

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Such Sweet Thunder / Duke Ellington & His Orchestra 1957

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第51回 不滅のジャズ名曲-その51-ソフィスティケイテッド・レディ(Sophisticated Lady)

Murphy:「デューク・エリントンのライブアルバムを聴いてみようと思うんだけど、最初に聴くには何がいい? できれば音質のよいアルバムの方がいいんだけど。」

Django:「それなら、1956年のニューポート・ジャズ・フェスティバルでのライブ録音版で、アルバムタイトルが、Ellington At Newport 1956という2枚組のCDがいいね。」

M:「1956年のライブ録音といえば、音質が悪いんじゃないの。ステレオじゃなくモノラル録音だろう?」

D:「いや、それがステレオ録音なんだ。実際にはCBSがモノラルでライブレコーディングしたもので、当時発売されたLPはモノラルだった。しかし、1999年にリリースされたCDは、ステレオで登場した。」

M:「ということは、人工的にステレオ化したの?」

D:「人工的といえばそうなんだけど、昔LP時代に一時流行った人工ステレオではない。実は、フェスティバル当時、CBSはモノラルで録音したんだけど、もう一つ、Voice Of Americaが、別にマイクを設定して放送用に録音していた。当然マイクのセッティング位置が異なるので、この二つのマスターテープを合わせればステレオになるという原理を活用して、待望のステレオバージョンを作成した。もちろんデジタルで細かなピッチ調整を行い、二つのテープの整合性も完璧にしてある。」

M:「でも、音質はどうなの?」

D:「1956年だからそれほどたいした音ではないと思うかも知れないけど、実際にこのCDを聴いてみると、驚くほど音がいい。最新録音と比べても全く遜色ないレベルだね。会場での熱気がひしひしと伝わってくる。」

M:「ニューポートってアメリカのどこにあるの?」

D:「NYからボストン方面、つまり北に向かって4〜5時間行ったところ。コネチカット州とマサチューセッツ州に挟まれたロード・アイランド州に位置する。ニューポートは全米でも有数の高級避暑地として昔から有名。このジャズフェスティバルは、1954年から始まった。」

M:「1956年と言えば、エリントン楽団の演奏も戦前と比べ、随分変わったの?」

D:「50年代の半ばだから、モダンジャズ期に入り、ハードバップ全盛時代を迎える。当時、まわりを見渡せば、ジャズはコンボ中心のモダンジャズが大変な勢いで躍進し、モダン以前のスイング・スタイルのビッグバンドは、少々古く感じられるようになった。しかしエリントンは、50年代のバップ全盛時代を迎えるとウィリー・クック(tp)、クラーク・テリー(tp)、ポール・ゴンザルヴェス(ts)、ルイ・ベルソン(ds)などのモダン奏者を擁して、新たなサウンドを展開していく。その50年代のモダンなエリントン楽団が、このニューポートに登場し、会場を熱気の渦に巻き込んだ。そして1956年のニューポート・ジャズ・フェスティバルで、エリントンは大成功をおさめ、これを契機にモダン・ジャズを飲み込む勢いて第2の黄金期を確立した。」

M:「へえー、そういう意味では、このニューポート・ジャズ・フェスティバルはエリントンにとって大きな出来事だったんだね。」

D:「この2枚組CDは、おそらくモダンジャズを聴き慣れている人にとっても、全く抵抗なく受け入れられるだろうし、改めてエリントンの素晴らしさが実感できるのではないかと思う。このコンプリート版では、黒と茶の幻想(Black And Tan Fantasy)を始めとするコットンクラブ時代のヒット曲をはじめ、A列車で行こう(Take The A Train)ソフィスティケイテッド・レディ(Sophisticated Lady)など、クラシック・エリントンの名曲を存分に味わうことができるし、当夜のハイライトはDiminuendo In Blue And Crescendo In Blueで、ポール・ゴンザルヴェスの伝説の27コーラスのソロを含む、14分以上におよぶ熱演が聴ける。 ところで、ソフィスティケイテッド・レディは、エリントンによる1933年の作曲で、ブロードウェイのヒットミュージカルのタイトルにもなった曲で、ミシェル・パリッシュが歌詞を書いた。いずれにしてもライブならでは熱気が伝わるこのアルバムは、決定的名盤といえる内容だ。」

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Ellington At Newport 1956[Double CD] [Live]

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第50回 不滅のジャズ名曲-その50-アローン・トゥゲザー(Alone Together)

Murphy:「4/20の大阪ブルーノートでのジム・ホールとロン・カーターのデュオは本当に素晴らしかったね。Djangoくんに誘われて行ったんだけど正直言って驚いたよ。ジャズの演奏というのは大音量だと思っていたんだけど、意外に小さくて、アンプを通しているにもかかわらず生音のようなピュアな音だった。ギターとベースのサウンド・クォリティはさすがだね。耳を澄ませて思わず聴き入ってしまった。それと、ジムホールがあの年齢で、エフェクターを通して様々なサウンド作りをするからびっくりした。本当に行ってよかったよ。次の日も、余韻が残っていたし、もう一度聴いてみたくなった。」

Django:「いい音楽は、聴いた後の余韻がいつまでも持続する。Murphyくんの言うようにもう一度聴いてみたくなるね。ロン・カーターはライブで、PAには最新の注意を払っているし、ベースの生音にできるだけ忠実な再生を心がけている。ジム・ホールも同様で、二人とも究極のエレクトリック・アコースティックサウンドを目指している。」

M:「よくアマチュアのジャズライブを聴きにいくと、これなら家のオーディオでCDを聴く方が余程よいサウンドだと思うことがある。音量が大きすぎてうるさくて長時間聴き続けると疲れてくることもあった。PAは大切だね。」

D:「その通り。現在第一線で活躍するジャズプレーヤーのライブ演奏は、概して思ったほど大音量ではない。特にロン・カーターなんかは、サウンドクォリティを最優先するし、音量もかなりセーブしている。ジム・ホールも80〜90年代に較べ、最近はますます音量を小さくする傾向にある。MJQなんかは、昔からいつも適正な音量で定評があったし、室内楽的サウンドクォリティを追求していた。」

M:「ジム・ホールは生で初めて聴いたんだけど、今回使っていた楽器はなに?」

D:「ギターはSADOWSKY(サドウスキー)のジムホール・モデル。アンプはポリトーン。」

M:「ジム・ホールが最初ステージに現れたとき、かなりのお年だと思ったけど、何歳ぐらいなの?」

D:「ジム・ホールは1930年12月4日生まれで76歳。一方のロンカーターは、1937年5月4日生まれだからもうすぐ70歳になる。」

M:「でも、演奏はいつまでも若々しいね。」

D:「そのとおり。ひとたび演奏が始まると、二人とも驚くほどクリエイティブな演奏を展開する。当日の最初の曲は、マイ・ファニー・ヴァレンタイン、2曲目はジム・ホールのオリジナル・ブルース・ナンバーでケアフル、3曲目は確かpeaceというオリジナル曲、4曲目は、オール・ザ・シングス・ユー・アー、ラストは、ソニー・ロリンズのセント・トーマス、そしてアンコールはミルト・ジャクソンのバグズ・グルーブだった。ところで、2曲目のケアフルという曲は、通常ブルースは12小節なんだけど、16小節だから注意しなければいけない、という意味でジム・ホール自らが、ケアフルと名付けたらしい。」

M:「Djangoくんが、ジム・ホールを聴くなら出来るだけステージに近い席で聴く方がいいと言っていたけど、最前列で聴いてよかったな。アンプを通したり生音のままで伴奏したり、ジム・ホールがあれほど音色を変えるとは思っていなかったので驚いた。」

D:「ジム・ホールも80年代の頃はライブでもっと大きな音量だったけど、先ほども言ったように最近はかなり小さくなった。そのことによって、聴衆は耳を澄ませ、積極的に聴こうとするようになるんだ。その分以前にも増して、多彩な音色を追求するようになった。」

M:「ところでDjangoくんは、いつ頃からジム・ホールが好きになったの?

D:「70年代からだね。それ以前はあまり知らなかった。60年代初めのソニー・ロリンズのバンドに参加していた頃の演奏は、あとで知った。70年代に入り、マイルスが電化サウンドにシフトし、多くのプレーヤーがフュージョン路線へとシフトし始めた頃から、最新録音盤は徐々に購入を見合わすようになったんだけど、ジム・ホールだけは例外だった。彼の演奏は一番肌に合うと言うか、体質的に最も受け入れやすかったので、よく彼の演奏を聴いていた。もし、ジム・ホールがいなかったら、途中でジャズを聴かなくなっていたかもしれない。

70年代の後半から、カリフォルニアでカール・E・ジェファーソンコンコード・レーベルを主宰し、次々と往年のスインギーなジャズプレーヤーを起用し録音するようになった。特に、ハーブ・エリス、カル・コリンズ、ジョニー・スミス、ジョージ・ヴァン・エプス、ケニー・バレルなどの名ギタリストを起用して数々の優れたギターアルバムを制作した。これは画期的だったね。フュージョン一色の時代に、往年のフォービート・ジャズ復活を復活させた功績は多大だ。当時このコンコードレーベルの輸入LPを好んで購入するようになった。コンコードレーベルは、ジム・ホールの新録音も開始し、ジム・ホールとロン・カーターのデュオアルバムLive at Village Westが82年にリリースされた。続いて84年にふたたびリリース。これが、再会セッションといわれるテレフォン(Telephone)というタイトルのアルバム。その中に収録されているアローン・トゥゲザー(Alone Together)は、70年代にリリースされた二人のデュオアルバムのタイトルにもなった曲。」

M:「それにしても、二人のデュオはもう一度聴きたくなるね。」

D:「素晴らしいライブに触れたときはいつもそうだよ。」

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Ron Carter and Jim Hall / テレフォン(Telephone)

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第49回 不滅のジャズ名曲-その49-ラッシュ・ライフ(Lush Life)

Django:「今月の新譜で素晴らしいアルバムがリリースされたので、Murphyくんに紹介しよう。その前に、ビリー・ストレイホーン(Billy Strayhorn)という人知っている?」

Murphy:「知っているよ。前回出てきたエリントン楽団のA列車で行こうを作曲した人だろう。」

D:「そのとおり。このビリー・ストレイホーンの作曲した数々の名曲を、ブルーノート・アーティスト達により新録されたアルバムが東芝EMI(BlueNoteレーベル)より4/11に国内リリースされた(輸入版は既に1/23リリース)。スペシャル・ゲストに、あのピアノの名匠、ハンク・ジョーンズが参加。アルバムタイトルは、ラッシュ・ライフ(Lush Life)。」

M:「ラッシュ・ライフといえば、以前にDjangoくんが紹介してくれた、ガンバリーニもアルバムを出していたね。」

D:「そう。ラッシュ・ライフは、1938年にストレイホーンがエリントン楽団に入る前に書いた曲で、エリントン楽団入団オーディションのための曲だったといわれている。いわばストレイホーンの出世曲だといえる。さすがに名曲だけあって、ナット・コールをはじめ、エラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーン、カーメン・マクレイなど、多くの歌手が歌っている。彼の作曲したなかで一二を争う人気曲。

ストレイホーンは、この曲を書いてエリントンに認められ、以後エリントンの片腕として、次々と傑作を発表した。前回採り上げた、A列車で行こうサテン・ドール、日本語で雨切符と訳されているレイン・チェックチェルシーの橋などいずれも40年代以降のエリントン楽団の代表作。

エリントンの片腕、ストレイホーンは、残念ながら1967年に亡くなった。今年の5月はちょうどストレイホン没後40年にあたる。実は、昨年、アメリカでストレイホーンの90分ドキュメンタリーフィルムが作られたが、このアルバムはそのサウンドトラック版。」

M:「ラッシュ・ライフは誰が歌っているの?」

D:「ダイアン・リーブス(Dianne Reeves)ラッセル・マローン(Russell Malone)のギター伴奏一本で歌っている。ラッセル・マローンといえば、NYで現在、ピーター・バーンスタインと並んで人気のギタリスト。あと、4曲目に入っている名曲サテン・ドール は、ハンク・ジョーンズ(Hank Jones)のピアノソロ。他に、ビル・シャーラップ(Bill Charlap)が、ファンタスティック・リズム、トンク、ヴァルスの各曲でピアノソロを担当。このあたりを聴いただけで、いかにこのアルバムが魅力的で、貴重なアルバムであるかがわかる。
とにかく久々の永久保存版ともいえる内容の深い傑作だ。」

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Billy Strayhorn: Lush Life / Blue Note 2007年新譜

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第48回 不滅のジャズ名曲-その48-A列車で行こう(Take the ‘A’ Train)

Murphy:「Djangoくん、今回はデューク・エリントン(Duke Ellington)について教えてほしいんだけど。CDもたくさん出ているようだし、どれから聴けばよいのか、さっぱりわからないんだ。以前に2〜3枚CDを買ったことはあるんだけど、どちらかといえばあまりピンとこなかったようだね。」

Django:「デューク・エリントン(Duke Ellington)入門には、古い年代から順を追って聴いていくのが一番。とにかく一枚目は中途半端に選ばない方がいい。」

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M:「古い年代というといつ頃なの? まさか戦前からって言うんではないだろうね。」

D:「もちろん戦前からだよ。」

M:「ということは、1930年代ぐらい?」

D:「オーケー(Okeh)レコードに吹き込んだ頃だから、1927年。その頃から聴く方がいい。Murphyくんは、この間からニューオリンズ・ジャズも聴き始めただろう?」

M:「あれから、けっこう聴いているね。」

D:「それならそろそろデューク・エリントンを聴き始めればいい。エリントンを聴く前に、まず最初は、ニューオリンズ・ジャズに親しむ。そのあと、ニューオリンズ・ジャズを聴き慣れた耳で、デューク・エリントンの1920年代の録音から聴き始める。その後、順を追って30年代から40年代、そして戦後の1940年代後半から50年代、60年代へと聴いていくのが一番いい。とにかくニューオリンズ・ジャズに親しむこと。そして耳が少し慣れてきたときに、デューク・エリントンを聴くと、それはもう新鮮そのものに聴こえてくる。その感覚が、1930年ごろの当時の人たちがエリントン楽団に抱いたものに近い。

デューク・エリントン楽団も、最初はニューオリンズ・ジャズをベースにしている。しかし、単なるニューオリンズ・ジャズのコピーではない。そこを出発点とし、それらのイディオムを活用して、新しいことを試みようとした。言葉のなかには、擬態語や擬声語というのがあるけど、そういった新しい言葉の表現も彼らのサウンドに存分に織り込んだ。古いニューオリンズのイディオムを基本に、いわばそれらを絵具とし、さまざまな色の絵具を組み合わせて、素晴らしい色彩豊かな絵に仕立て上げるというのが、ボクのエリントンに対するイメージだ。エリントン楽団は、個人のスタープレーヤーに頼ることなく、楽団員全員が集団でこのバンド独自の音楽を作り上げていく。個人の自発的なアドリブ演奏に依存しすぎず、個々の楽器のサウンドをブレンドしていく手法を用いた。ミュートトランペット、クラリネット、トロンボーン、サックスなどが対立せず融合して、新しいサウンドを作り出す。

1930年頃から年代順に聴いていくとそのあたりのエリントンならではの独自の手法が手に取るように本当によくわかる。エリントンがどうしてこれだけの名声を得たか? その答えは、1930年代の演奏を聴けばきっと謎が解けるだろう。エリントン楽団の演奏は、それぞれの曲ごとにイメージが異なり、個性豊かなので、聴き続けても退屈しない。実にバラエティー豊かな数多くの名曲を作曲した。新しいアイデアや曲想が、年代順に次々と表出される。ニューオリンズ・ジャズが自然発生的でしかも自由に変形しながら発展してきたのに対し、エリントン楽団の音楽は、きわめて造形的で、いわばエリントンというデザイナーにより、全く新たな独自のジャズサウンドに生まれ変わった。それと、ニューオリンズ・ジャズを聴いてこの30年代当時のエリントン楽団を聴くと、7人編成のニューオリンズバンドからビッグバンドへの移行が、ごく自然に感じられる。というのは、当時のビッグバンドは、12名程度の編成であり、バンジョーも入っており、オリジナル・ニューオリンズ・ジャズバンドの発展型であったとも思えてくる。

The Duke: The Columbia Years 1927-1962というCD3枚組のボックスセットが、米国SONYレーベルから2004年にリリースされたが、そのアルバムを最初から順を追って聴いたとき、改めてエリントン楽団の素晴らしさがわかったように思った。もちろんこれまでに断片的にエリントンのアルバムを聴いてきたが、年代順に聴いたのはこれが最初だった。それまではどちらかといえば、60年代以降のアルバムを中心に聴くことが多かった。ところが、このボックスセットで初めて体系的に戦前の演奏を聴いてみて驚き、これは戦前の30年代当時から最高のオーケストラだと思った。CD3枚もあれば、連続して聴き続けるのは普通はかなり苦しいが、このボックスセットは、退屈するどころか、どの曲も新鮮で、1曲終わればまた1曲聴きたくなるという風に、気がつけば一気に全部聴いてしまったぐらい、惹きつけられた。」

M:「戦前のアルバムは録音が古くて聴くに耐えられないと思っていたけど。でも、Djangoくんの話を聞くと、音質もそんなに悪くなさそうだね。それよりもまず演奏内容面で価値があるということか。どうせ聴くならステレオ録音の方がいいと思って、なるべく新しい年代のアルバムを選ぼうかと実は内心思っていた。」

D:「戦前の録音といっても、やはりそこはCBS。メジャーレーベルのなかでも、トップレーベルだけあって1930年代の吹き込みでも、十分鑑賞に耐えられる音質だよ。もちろん、モノラルだけど。」

M:「エリントンといえばA列車で行こう(Take The ‘A’ Train)が有名だね。」

D:「もちろんこの曲もボックス・セットに収録されている。1952年録音で、実力派女性シンガー、ベティ・ローシェ(Betty Roche)が歌っている。この曲は、B. Strayhornの作曲。A列車で行こうはエリントン楽団のテーマ曲で余りにも有名だが、A列車とは、NYのブルックリン東地区からハーレム経由、マンハッタン北部行きの地下鉄のこと。1941年の初演、ベン・ウェブスター(ts)版が極めつけだが、こちらの52年版も、ベティー・ローシェのスキャット付きヴォーカルが入るロングバージョンで、甲乙付け難い名演だ。他にこのアルバムには、The Mooche(1928)In A Sentimental Mood(1935)など、代表的なエリントン・ナンバーが数多く入っているが、そのなかでも名曲、スイングしなけりゃ意味がない(It Don’t Mean A Thing)は、戦前のエリントン楽団の名シンガー、アイヴィ・アンダーソン(Ivie Anderson)が歌っており、ぜひこのBoxSetに収録されている1932年当時の録音でこの曲を聴いてほしいね。とにかくこのセットは価値ある愛蔵版だ。」

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The Duke Ellington / Duke: The Columbia Years 1927-1962 Box Set(CD3枚組)U.S. Sony

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第47回 不滅のジャズ名曲-その47-アイ・ヴ・ファウンド・ア・ニュー・ベイビー(I’ve Found a New Baby)

Murphy:「Djangoくんの影響で、モダンジャズ以前の、ニューオリンズ・ジャズに興味を持ったんだけど、リラックスできて気軽に楽しめるアルバムを教えてくれる?」

Django:「ニューオリンズスタイルのジャズで、真っ先にあげなければならないのは、ジョージ・ルイスだろう。1940年代にリバイバルブームが起こり、クラリネットの名手であるジョージ・ルイスは精力的にツアーを行い、数々の名アルバムを残している。このジョージ・ルイスについては以前にも紹介したので、今回は他のアーティストのなかから選ぼうと思うんだけど。」

M:「それならトロンボーンで誰かいない?」

D:「ニューオリンズスタイルのトロンボーンで最も有名なのはキッド・オリー。彼は、1922年に黒人ジャズバンドとして初レコードを吹き込み、その後シカゴで活躍した。1940年代の、リバイバルブームで注目され、生粋のニューオリンズジャズを演奏し、彼の功績により、トロンボーンは一躍ジャズの中心楽器としての地位を確立した。そういった意味では、キッド・オリーはジャズトロンボーンの父といわれる人。」

M:「他には誰かいる?」

D:「ニューオリンズ生まれではないんだけど、もう一人優れたトロンボーン奏者がいる。ジャック・ティーガーデン(Jack Teagarden)。彼は、1905年にテキサス州のヴァーノンで生まれた。1964年にニューオリンズのフレンチ・クォーターで亡くなるまで、多くのバンド歴を持っている。ベニー・グッドマン楽団にも所属していた。彼のトロンボーンは、一言でいえば、実によく歌うトロンボーンで、演奏テクニックと持ち味である詩情豊かな音楽性は、その後のトロンボーン奏者に多大な影響を与えた。また、ヴォーカルもうまい。今回は、彼の50年代のアルバムを紹介しよう。50年代といえば、オリジナル・ニューオリンズ・ジャズが演奏されていた時代から相当の年月が経過しており、このアルバムは、古い時代の単なるコピーではなく、スイング時代を経験してきたなかで、新たな表現としてニューオリンズ・ジャズを解釈している。そういった意味では、Murphyくんのように初めてトラッド・ジャズを聴く人にもほとんど抵抗なく聴けると思う。アルバムタイトルは、Jack Teagarden & Bobby Hackett / Complete Fifties Studio Recordings。Lone Hill Jazzというレーベルから2004年に初CD化されたもの。このアルバムは、ボビー・ハケット(tp)ジャック・ティーガーデン(tb)のそれぞれのリーダーアルバム2枚分を1枚のCDにまとめたもので、全部で23曲収録されている。」

M:「ニューオリンズ・ジャズっていうのは何人編成なの?」

D:「本来は7人編成で、トランペット、トロンボーン、クラリネット、ピアノ、バンジョー、ベース、ドラムスという構成が一般的。このアルバムは、一部テナーサックスやバリトンサックスが入っており、その辺からも時代の新しさがわかる。サックスはジャズの演奏の中では、スイング時代から中心楽器になってきたもので、もともとニューオリンズ・ジャズではサックスは入ってなかった。スイング時代までは、クラリネットが大変重要な役割を果たしていたといえる。アルバムに話を戻すと、このCDは、先ほど説明したように50年代の吹き込みなので、ジャック・ティーガーデンのバンドの演奏はずいぶんモダンになっており、スイング期のリラックスした演奏スタイルを持ち、おそらくモダンジャズに耳慣れた人でも、何の抵抗もなくその良さがすぐにわかるだろう。それに、彼のトロンボーンは、モダンジャズのトロンボーン奏者と比較しても、劣るどころかむしろその魅力は、時代を超えて高まるばかりで、特に彼の歌うようなフレージングは本当に素晴らしい。ゆったりとした気分でリラックスできる演奏だから、いつでも楽しく聴けると思うよ。ところで、I’ve Found a New Babyという曲、知っている?」

M:「知らないなあ。」

D:「このアルバムに収録されているんだけど、素晴らしい演奏だよ。この曲は、ニューオリンズ生まれのSpencer Williamsという作曲家兼ピアニストの1926年の作曲で、作詞はJack PalmerSpencer Williamsは他にも数多くの名曲を生み出している。その2年後には、有名なBasin Street Bluesを作曲している。Royal Garden Bluesも彼の作品。ところで、I’ve Found a New Babyは、チャーリー・クリスチャンもグッドマンのコンボで演奏しているし、 他にはDjango ReinhardtとStephane Grapelliのコンビなど、スイング期には盛んに演奏された。Dマイナーで始まる素敵な曲だから、1回聴いただけで覚えるよ。それと、このCDは、先ほど言ったように2枚のアルバムを1枚に収録しているんだけど、ジャック・ティーガーデンのバンド演奏分(11曲目〜23曲目)は、1957年(Capitalレーベル)のステレオ録音で音質もいいから、その味わいを存分に楽しめるし、これだけでも価値あるCDだと思う。」

※このアルバムは、スペイン、バルセローナのLONE HILL JAZZレーベルから2004年にリリースされており、現在はまだ入手可能。LONE HILL JAZZは、このところ貴重なレア音源を次々と復刻しており、注目すべきこだわりのジャズレーベルである。

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Jack Teagarden & Bobby Hackett/Complete Fifties Studio Recordings

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