第69回 不滅のジャズ名曲-その69-ゼム・ゼア・アイズ(Them There Eyes)

41kjs87v74l_aa240_
The Kansas City Sessions

Murphy:「梅雨に入りかなり蒸し暑くなってきたので、このへんで涼しいジャズを紹介してくれる?」

Django:「涼しいジャズか、それこそMurphyくんの得意なジャンルのハワイアンの方がいいんじゃない?」

M:「いや、ウクレレなどは、夏向きであたりまえだから、もう少し本格的なジャズの中で選んでくれる? ボサノバも夏向きの定番だからカットだ。」

D:「そうなるとますます候補がなくなってきた。」

M:「もともとジャズは季節などあまり関係ないと思うし、Djangoくんの独断で選んでくれる?」

D:「それなら、あくまで個人的なイメージで。ズバリ、レスター・ヤング(Lester Young)だね。レスターはやはり戦前の演奏の方がいいし、ベイシー楽団を離れてのコンボ演奏というと、ニューヨークのコモドール(Commodore)レーベルに吹き込んだ1938年の演奏がいい。レスター・ヤングはどちらかといえば、コールマン・ホーキンスなどと違ってクールな演奏だから、この季節には意外に合うかも。」

M:「コモドールといえば、確か戦前にNYで開いていたジャズ専門のレコード屋さんだったような気がするけど。」

D:「そのとおり。Murphyくん、どこで知ったの?」

M:「小川隆夫さんの"ブルーノートの真実"っていう本を、以前に読んだときに、そのなかで出てきたのを覚えている。ブルーノートの創始者であるアルフレッド・ライオンがNYに渡ったころにあったレコード屋で、その店主が販売だけでは飽き足らず、ついにプロデュースまで行い、コモドール・レーベルを発足させたと書いてあった。」

D:「そう。Commodore Recordsは、当時NYのミッド・マンハッタンにあった伝説のジャズレコード・ストアの店主であるMilt Gablerが、1938年に発足させたジャズレーベル。そのレーベルから、1938年にThe "Kansas City" Sessonsというアルバムがリリースされた。Lester Young(ts,cl)、Buck Clayton(tp)、Eddie Durham(tb,eg)、Freddie Green(g)、Walter Page(b)、Jo Jones(ds)という6人のコンボ編成で吹き込まれた。

そのなかで、今回一曲だけ選ぶなら、夏向き特選ジャズと称して、ゼム・ゼア・アイズ(Them There Eyes)をピックアップした。この曲は、 Sweet Georgia Brownで有名なMaceo Pinkardという人の作曲。他にSugerなども有名。Them There Eyesという曲は、1930年にDoris Tauber、William G Traceyとともに作られた歌で、これまでサッチモやビリー・ホリデイなども吹き込んだ。今回のレスターのアルバムでは、ベイシー楽団で鉄壁のリズムギターを弾き続ける、あのフレディ・グリーン(Freddie Green)が、この曲だけなんとヴォーカルも担当しているから驚いた。それで、その歌がなかなかうまいんだ。当時のSPレコードだから3分以内でまとめられているんだけど、ムダが全くない。レスターのテナーも快調。CDでは別テイクも収録されている。CDにリマスターされ、1938年とは思えないほどの、なかなかいいしっかりした音質。他に1944年のセッションも入っているけど、やはり1938年のセッションがボクは好きだね。」

第68回 不滅のジャズ名曲-その68-ムード・インディゴ(Mood Indigo)

51dtv98bbml_aa240_

Masterpieces by Ellington

Murphy:「デューク・エリントン(Duke Ellington)はアルバムが多くて何から聴いてよいかわからない。Djangoくんは、以前からエリントンが特に好きだといっていたので、ボクも少し興味を持ったんだけど、何から聴けばいい?」

Django:「確かに、エリントンのアルバムの数は多いね。その中でも、いわゆるベストアルバムというコンピレーションものが特に多いから、なおさらどれを選んでいいかわからなくなっている。それと、CDショップの店頭では、案外数が少ないのが現状だと思う。だいたいビッグバンドは、売れないという先入観があるからね。」

M:「デューク・エリントンのアルバムはLP時代でもあまり売れなかったの?」

D:「日本ではそうだったみたい。だから今でも、ベスト盤ばかりが店頭に並んでいるんだ。Murphyくんがもしこの機会にエリントンを聴いてみたいと思うなら、せっかくだからベスト盤を買わずにオリジナル盤の方を薦めるよ。」

M:「どうして?」

D:「ぼくも最初はベスト盤を買った。最近でも買うことがあるけど、やはりエリントンの場合は、特にLP時代のものは、一つのアルバムごとにコンセプトが異なり、そのまとまりがはっきりしているから、是非各時代ごとの名アルバムを購入してほしいね。エリントンの音楽は、一枚のLPのなかでの曲の配列も十分に意識した構成になっているものが多く、一言でいえば一枚のLPが組曲というふうに見立てることができる。だから、当時のLPをCD化したものを聴けば、その時代ごとの音楽の特徴がよくわかるし、それが大変おもしろい。」

M:「エリントンは、同じ曲を何回も吹き込んだと聞いているけど、実際にはどの程度なの?」

D:「ほとんどの曲は、再録音しているし、その度にガラッと変わるから興味深いね。例えば、ビリー・ストレイホーン作曲のA列車で行こうは、1941年が初吹き込みで、その後何度か録音し、1966年には、ビリーの追悼盤として録音したこの曲を、後でRCAが、ポピュラー・デューク・エリントンというアルバムに収録している。1941年盤はレイ・ナンス(tp)のソロをフィーチャーしたまさに古典的名演だし、1966年盤は、クーティ・ウィリアムス(tp)が豪快なプレイを見せ、どちらも意味があるんだ。

今回Murphyくんに是非聴いてほしいアルバムがあるんだけど、それは、エリントンのCBS時代に、従来の3分程度しか収録できなかったSPレコードから、一挙に十数分もの長時間収録が可能なLPレコードが出現したころにリリースされたもので、Masterpieces by Ellington(1951,52年)という記念すべきアルバム。もちろん、今はCD化されているんだけど、2004年にColumbia Legacyシリーズとして発売されたもの(輸入版)は、音質が飛躍的に改善され本当に素晴らしい。RCA盤は、CD化されてもどうも音質が今ひとつなんだけど、このColumbia Legacyシリーズは、どのアルバムも大変バランスのいい音がする。

なぜ、音質にこだわるかと言えば、エリントンの音楽は色彩の魔術師といわれるほど、そのサウンドが素晴らしく、アルバムの音質が非常に大切だから。このアルバムは、オリジナルは4曲で、3曲はボーナストラック。オリジナルの4曲は、いずれも長時間演奏で、1曲目のムード・インディゴ(Mood Indigo)は、15分余の長時間演奏。他に、ソフィスティケイテッド・レディ(Sophisticated Lady)、前回採り上げたソリチュード(Solitude)も含まれ、いずれもボクは傑作だと思っている。

ムード・インディゴは、インディゴ・ブルーという色彩をテーマとしたトーン・ポエムといえるもので、クラシックのドビュッシーやラヴェルに匹敵する名曲だ。1945年のRCA盤もいいけど、このCBS盤は録音の優れている点が、よりこの演奏を魅力的なものにしている。ジャズファンはもとよりクラシックファンにもぜひ聴いてほしい演奏だね。色彩豊かなサウンドが刻一刻とキャンバスのトーンを微妙に変化させ、その色は深みを持ち、見事な造形作品に仕立て上げられている。あの武満徹氏が、エリントンに憧れたことも、なるほどと思わせる曲であり、ジャズそのものでありながら、ジャズを超えて、音楽として今も生き続けているといつも思っている。ムード・インディゴを含む先程あげた3曲は、ジャンルを通り越して、ボクの最も好きな曲です。話が長くなったのでこのへんで中断します。」