ラブラドールが聴いた今日のジャズ-第5回- In The Mood 〜Plays Glenn Miller〜 / Manhattan Jazz Orchestra

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Django:「京都シティハーフマラソン、平安神宮前9時スタート。今日は朝から散歩に行けそうな気配。マラソンコースは、平安神宮→河原町御池→烏丸御池→烏丸今出川→河原町今出川→(加茂街道を通り)北山大橋へと続く。北山大橋通過時刻を主人は頭に入れた。先頭ランナーが9時25分に到着だ。

鴨川河川敷に到着し北山大橋に向かって歩いた。気がつくと橋にはすでにランナーの姿が見えた。いつものように、寄り道しながらにおいを嗅ぎわけている暇はない。そこから駆け足でやっと橋の南側に到着した。北山大橋を東へ渡ったあたりで、ブラスバンドのマーチが聴こえた。ここで観戦。

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鴨川河川敷でいつもマラソン練習をしているT花さんはもうすでに通過したんだろうか。匂いを嗅いでみたけどボクの鼻でもわからない。T花さんのいつもの練習コースは北山から京都駅までの往復。相当な距離だ。それだけ走り込んでいるから、今日のレースもきっといい位置につけているに違いない。6200人のランナーが走ってくるのだから、相当集中しないと見逃してしまう。スピードが速く目の前を通過するのは一瞬だ。ブラスバンドの演奏に熱が入ってきた。サウンド全開だ。中学生にしてはなかなかうまい。先Kitayama001
生の指揮の姿もいい。気がつけばボクはランナーよりもサウンドに耳を奪われていた。曲が終わった。と、そのとき一瞬T花さんの匂いがした。思わず前方を見ると、風のようにT花さんが通り過ぎ去った。主人は気がつくのが遅かった。T花さんはボクの顔を見て微笑んで行った。

家に帰っても、ブラスバンドのサウンドが耳に残った。急にビッグバンドを聴きたくなった。ひょっとして主人も同感ではないかと思っていると、ボクの勘が当たった。棚からCDアルバムを取り出した。CDのプラスティックケースがピカピカだ。新しい。最新盤に違いない、と思っていると、ビッグバンド・サウンドが流れ始めた。グレンミラーの真珠の首飾り(A String Of Pearls)。でも演奏はグレンミラーではない。誰の演奏か? サウンドは相当新しい、ニューヨークっぽい、などと思いながら再度ジャケットを覗いてみた。

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わかった! マンハッタン・ジャズ・オーケストラ。略してMJOと呼ばれる、デビッド・マシューズ率いるNY最強のジャズオーケストラだ。アルバムタイトルは、イン・ザ・ムード〜プレイズ・グレン・ミラー〜。2007年の作品。今年の6月にジャパンツアーが決定している。関西では6/21(土)に大阪ザ・シンフォニーホールで開催が予定されている。このオーケストラの編成は、通常のビッグバンド編成とは相当異なっている。もっとコンテンポラリーというかギル・エバンス的だ。でも、ギルよりデビッド・マシューズの方が親しみやすい。編成は、4トランペット、4トロンボーン、2サックス、2フレンチ・ホーン、ベース・クラリネット、チューバ、ピアノ、ベース、ドラムからなる。マシューズの斬新でコンテンポラリーなサウンドは、からだに心地よいね。」

ラブラドールが聴いた今日のジャズ-第4回- At the Stratford Shakespearean Festival / Oscar Peterson Trio

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Django:「いつもの散歩コースである鴨川へ出ると、急に風が強くなってきた。3月にしてはまだまだ寒いなあ、と思いながら歩いてると、雪が舞い降りてきた。真冬のようだ。主人は、ポケットに手を突っ込み、かなり寒そうな様子だった。ボクは、寒いのは平気。"ラブラドール・レトリバー"は、カナダのニューファンドランド・ラブラドール州が原産だけあって、これぐらいの寒さではびくともしない。これまで真冬の鴨川でも、何度も川に飛び込んだ。雪の中をずぶ濡れになって家まで帰ったこともある。その度に主人は呆れた顔をする。

北大路橋を過ぎてしばらく歩くと出雲路橋に到着。いつもはここで引き返すのだが、主人はいっこうに戻る気配がない。橋をくぐりさらに歩き続けた。下鴨神社の近くの葵橋を超え、ついに出町柳に到着。ひょっとして今日は、と行き先を予想していると、ボンボンカフェの横の階段を上り、今出川通りに出た。その通りを西へ進み、河原町今出川交差点を南へ渡った。やはり今日の行き先はあそこだ!と思った。交差点を過ぎパチンコ屋を超えた角で主人は立ち止まった。ドーナツの香りがする。通りを挟んで南はミスター・ドーナツだった。角の電柱にリードを括り付けると、”行ってくるからな”とボクに声をかけた。

行き先は、予想通りレコード屋だった。つだちくという名前のレコード店で、なんでも昭和9年創業の老舗らしい。今は店を移転しビルの1階に入っているが、以前は今出川通りの河原町西入ルにあったそうだ。30分ほどで主人は戻ってきた。手には、大きな袋をさげていた。臭いを嗅ぎ分けると、LPレコードだとわかった。結構古そうだ。いわゆる中古レコードに違いない。いつものように、ドッグフードを2粒もらった。

出町の河川敷のベンチに座り、主人は袋からレコードを取り出した。ジャケットの裏のライナーノートを読み出した。1枚目は、オスカーピーターソンのアルバムだ。タイトルは、At the Stratford Shakespearean Festival / Oscar Peterson Trio。あれっ、確かこれ聴いたことあるぞ! と、そのとき思った。シェークスピア・フェスティバルでの1956年のライブレコーディングだ。当時のメンバーは、ドラムレスで、ピアノのオスカー・ピーターソンに、ギターのハーブエリス、ベースのレイ・ブラウンの3人編成。当時まだハーブエリスが参加していた初期の貴重なトリオ盤。ドラムが入っていないから、このサウンド覚えているけど、確かCD盤が家にあったはずだ。

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家に帰って、さっそく主人は、ジャケットからレコードを取り出し、両面を丁寧にチェックした。ぼくが見たところ無傷できれいだと思った。針がおろされた。スインギーなピアノトリオの演奏が始まった。3人のスインギーなノリの良さが、ボクの体に伝わってきた。56年のライブ録音でもともと音質はややこもり気味だが、レコードならではの音の勢いは十分感じられた。」

Murphy:「やはり、そのアルバムのCD盤は持っていたの?」

D:「そう。ひょっとして主人は、忘れていたのかなあと思ったけど、あとからそのCD盤を棚から取り出していた。」

M:「どうして、同じものを買うの?」

D:「ぼくも最初はよくわからなかったけど、あとで納得した。その後、主人はLPレコードを、ジャケットサイズの木製の額縁に入れて壁に飾っていた。そうか、主人はこのアルバムが好きでLPジャケットを部屋に飾りたかったんだ。」

ラブラドールが聴いた今日のジャズ-第3回- Jim Hall in Berlin / Jim Hall

Garo1Django:「今日は主人に連れられて、旧大宮通りを南へ進み、北山通りを渡り、そのまままっすぐ下って行った。しばらくすると、大徳寺前に到着。その後北大路の交差点を渡り、さらに南下した。鞍馬口通りにさしかかると右折。そのまままっすぐ鞍馬口通りを西へ歩いた。このあたりは商店街で、昔からの店が建ち並んでいる。八百屋さんをこえたあたりから、コーヒーの香りが漂ってきた。ボクは嗅覚が人間より発達しているから、かなり遠くからでも嗅ぎ分けることができる。ああそうか、いつものコーヒー屋さんに珈琲豆を買いに行くんだ!。

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自家焙煎コーヒーのガロという店。主人が言うには、ここのコーヒーが一番おいしいって。お店のお兄さんがドアを開けて店の前まで出てきてくれた。主人は、いつものように300g注文した。匂いでオリジナルブレンドだとわかった。店内からジャズが聞こえてきた。小さな店だけど、珈琲に対するこだわりは半端じゃない。珈琲豆の種類は豊富で、名機ポンド釜直火型焙煎機で丹念に焙煎しているらしい。店の入り口付近には、ジャズのライブ情報が溢れている。この店の2階では定期的にライブが開催されている。京西陣・町家で一番小さなLIVEと書いてある。

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ここから家まで約25分。途中、鞍馬口通りでいろんなお店に出会った。おもしろい招き猫を発見。少し行くと、ボクの鋭い嗅覚がニッキと抹茶に反応した。茶洛というわらび餅の店だった。この店には多くの観光客が訪れ、時々売り切れの札が出る。うちの主人はここのわらび餅未体験らしい。

家に帰ると、珈琲の香りが部屋中ただよった。主人は棚からレコードを取り出した。珈琲を一口飲んだ後、レコード盤をターンテーブルに置き、針をセットした。ギターの音色が聴こえた。まろやかで繊細な響きはジム・ホールに違いないと思った。

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アルバムタイトルは、Jim Hall in Berlin。1969年6月にベルリン市内のスタジオで録音され、MPSレーベルからリリースされた。パーソネルは、ジム・ホール(g)、ジミー・ウッド(b)、ダニエル・ユメール(ds)。ホールが単身ベルリンに渡り、現地のリズム陣と演奏したアルバム。」

Murphy:「ジム・ホールのリーダー・アルバムで、ギタートリオ編成なんだね。」

D:「そのとおり。実はこのアルバム、ドイツのジャズ評論家兼プロデューサーのヨアヒム・E・ベーレントがプロデュースしたもの。LPレコードのライナーノートに、ベーレントがその時の状況について詳しく書いている。簡単に紹介すると、1960年代の後半、ギターアルバムは過剰とも言えるほど反乱していた。しかし、ジム・ホールのリーダーアルバムは一枚もなかった。ベーレントも認める現代(当時)最高のジャズギター奏者であるにもかかわらず。そこで、彼自らがプロデュースしたわけだ。」

M:「意外だね。当時はそうだったのか。今ではボクでもジム・ホールの存在は知っているし、リーダーアルバムがいっぱい出ているのに。」

D:「ベーレントは、ライナーノートのなかで、この吹き込みテープを10回以上聴き直した結果次のように述べている。

『芸道を極めつくした名人にしかみられない洗練の極地ともいうべき単純性を発見することができた。(ヨアヒム・E・ベーレント(油井正一訳)、LPレコードライナーノートより)』

レコードのB面は、I’ts Nice to Be With Youという曲で始まった。この曲は、ホールの奥さんが作った曲らしい。昼下がりのひととき、珈琲の香りに満ちあふれた部屋で、このレコードが流れると、実にリラックスする。ジム・ホールのギターは、音を吟味し、単純化の極地ともいうべき音楽を奏でる。ベーレントも言っているように、これほどのシンプルな演奏は、一流のアーティストにしかみられないものだ。単純でしかも的確な音を選ぶ。そのサウンドがシンプルであるからこそ、ボクの耳がしっかり受け止め、一音たりとも聴き逃すまいとする。いくら聴いても飽きない。」

 

ラブラドールが聴いた今日のジャズ-第2回- Dearest Duke / Carol Sloane

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Django:「午後2時、主人に連れられて熊野神社前に到着。交差点を渡り東南角から少し東へ向かうとバス停があり、その脇に京都の老舗ジャズスポットYAMATOYAの看板を見つけた。今日の目的はジャズ喫茶だとそのとき初めて気づいた。ボクはこのバス停で括られて待機させられるのかと思ったが、そのまま路地を南へ入り、店の前に到着。イヌを同伴できないから、外でしばらく待機。主人は1人で店の中に入った。ボクはウトウトしはじめ地面に屈み込んで居眠りをしてしまった。

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20分ほどで主人は戻ってきた。コーヒーの香りがした。いつものドッグフードを2粒もらった。この店は、昔と同じアットホームな雰囲気が残っているらしい。なんでも入って直ぐ左手には、アップライトピアノが置かれ、その両側にはイギリスのスピーカー、名器ヴァイタ・ヴォックスが並んでいるという。主人が言うにはここの店は今でもLPレコードをかけており、CDと違って聴き疲れしない柔らかな音らしい。ボクもだいたい想像がつく。というのは、いつも家では、主人はCD以外にLPレコードもかけているので、音質の違いはよくわかる。どちらかといえばボクは、LPレコードの音の方が好きだ。アナログの音って、なにかホッとする空気感を発してくれる。

Django080304_2主人が言うには、CDの方が物理特性は上だけど、聴感上はアナログの方がリアルに聞こえることもあるらしい。ボクもそう思う。人の声(ヴォーカル)なんかはLPの方が本物にそっくりだと思えることがよくある。」

Murphy:「CDと違って、LPレコードはノイズが出るだろう。」

D:「確かにそのとおり。でも、あまり気にならないよ。レコード盤の状態によるけどね。今のCDは出始めた頃に比べてずいぶん音がよくなった。最新のリマスター盤なんか驚くほど改善された。もうどっちがいいとか悪いとかの話じゃなくて、それぞれに良さがあるわけで、これからも共存していってほしい。

ところで、その夜、主人はジャズヴォーカルをかけていた。このアルバムはCDだけど、音質が素晴らしかった。演奏内容も申し分なし。びっくりするほど深みのある声だった。」

M:「誰のアルバム?」

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D:「あまり有名な人ではなさそうだ。白人の女性ヴォーカリストで、キャロル・スローン(Carol Sloane)という人。アルバムタイトルは、Dearest Duke。2007年1月の録音。Arborsレーベルから2007年6月にリリースされたらしい。伴奏はシンプルで、Ken Peplowski(テナーサックス、クラリネット)とBrad Hatfield(ピアノ)の二人。曲目は、すべてエリントンナンバーばかり。」

M:「そういえば、Djangoくんもご主人の影響をうけて、デューク・エリントンが好きだったね。」

D:「うちの主人が言うには、キャロル・スローンは、エラ・フィッツジェラルドの亡き後、本当のプロフェッショナルとして玄人好みの貴重なジャズ歌手だって。穏やかに語りかけるその歌声は、大人の成熟した女性ならではの説得力を持つ。若い頃からずっとデューク・エリントンにあこがれ、エリントンナンバーをライフワークとして歌ってきた人ならではの深みをもった歌声だ。ボクは、1曲目のSophisticated Ladyが始まった瞬間から、自分の耳がピクッと震えてしまった。ああ、この曲はこういう歌い方でなければ!と思った。半音階での移行を伴う複雑なメロディーラインは、キャロル・スローンのような熟達した歌い手でないと、曲の心を決して表現することは出来ない。

2曲目のSolitude。これがまた素晴らしい。周りが静まりかえった夜に聴く歌だ。Peplowskiのサックスが寄り添い、Hatfieldのピアノが丁寧に控えめに奏でる。もっとも上質なジャズが流れる時間だ。Sophisticated LadySolitudeはボクの最も好きな曲。本物が歌うと曲の魅力が一層高まる。主人は、このアルバム、2007年度の最高のジャズヴォーカルアルバムではないかと言っていた。ボクも同感だ。」