ラブラドールが聴いた今日のジャズ-第11回- The Original Quartet With Chet Baker / Gerry Mulligan

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The Original Quartet With Chet Baker [2-CD SET]

Django:「あまりエネルギッシュなジャズだと、普段、家で聴くにはしんどくなる。ライブならいいんだけど。真夏のこの季節、ただでさえ暑いなか、ホットなジャズは聴く回数が減る。

涼しくなるようなジャズってないんだろうか?

家でいつも聴くジャズは、クールなものがいい。BGMで聴くのもいいし、昼寝しながらでもいい。でも、BGMだからといって、ジャズのクォリティは落としたくない。余りスムーズでなめらかなものでも手応えがない。ただ左の耳から右の耳へ素通りしてしまうものもおもしろくない。

では何がいいか? 実は、LP時代から、パシフィック・ジャズ・レーベルをよく聴いていた。繰り返し聴く回数は、ジャズのLPのなかでこのレーベルのものが一番多かったかもしれない。リチャード・ボックが52年に設立したパシフィック・ジャズは、ウエストコーストのレーベル会社。このレーベルのなかで、今でもよく聴くアーティストは、ジェリー・マリガン。バリトンサックス奏者だ。あの大きなごつごつした音色をもつ無骨なバリトンサックスが、彼の手にかかると突然軽快にスウィングしはじめる。

パシフィックレーベル時代のジェリー・マリガンのバンドは、ピアノレスで多くの名演を吹き込んでいる。もちろんトランペット奏者チェット・ベイカーとのコンビで。ピアノが入っていないからサウンド的に引き締まる。マリガンとベイカーの対位的な絡みがすばらしい。何度聴いても飽きない。ボクはこの時代(50年代)のマリガンと60年代のRCAに吹き込んだポール・デスモンドとの共演のいずれも好きで、LP盤でもCDでも家でよく聴いている。

マリガン〜ベイカー・コンビによるピアノレス・カルテットの名演は、CD時代に入りThe Original Quartet With Chet Bakerというアルバム(ブルーノートレーベル)に2枚組でおさめられている。このレーベルは50年代録音のなかでは、LP時代から音質面で定評があっただけに、今聴いてもまったく色あせていない。アルバム全体に漂う、普段着のジャズっていうか、いつでも気楽に聴ける雰囲気がいい。力まかせの演奏はいくらでもあるけど、こういったクールな演奏で、何度聴いても飽きない味わい深い演奏は案外少ないものだ。」

ラブラドールが聴いた今日のジャズ-第10回- Summer Samba / Laura Ann & Quatro Na Bossa

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サマー・サンバ

Django:「真夏にジャズを聴くなら、ボサノバは欠かせない。古くは、アストラッド・ジルベルトから始まり、現在まで多くのボサノバのアルバムがリリースされている。選択肢は多い。今年は何を聴くか。出来れば新譜の方がいい。

でも、案外本当のボサノバの味を持ったアルバムを探すのはむずかしい。まずボサノバに適した歌い手。次にボサノバには欠かせないギター。ボサノバはギターが要。このボサノバ・ギターがうまいと俄然アルバムがよくなる。ボサノバは通常の4ビートジャズとは違った感覚が必要だから、ジャズギタリストなら誰でもよいというわけにはいかない。ナイロン弦だからクラシックのギタリストでも可能というわけでもない。ボサノバは歌もギターも独特だ。当たり前のことだけど、ボサノバ気分というものが出てこないと、ボサノバらしくならない。

では、ボサノバ気分って何だろう。ヴィーナスレコードから最近リリースされたLaura Ann & Quatro Na BossaのSummer Sambaというアルバムを聴いてみたが、これがまさにボサノバ気分だった。ボサノバのアルバムだから、ボサノバ気分が出るのは当たりまえだろう!と言われそうだけど、どのアルバムでもそうとは限らない。強いて言えば、このアルバム、ボサノバ気分100%です、と言う方が適切かもしれない。

ボサノバの名曲にTristeという曲があるが、このアルバムでのTristeの演奏は、まさにボサノバ気分100%だ。スローなテンポでマイナー調のこの曲、ギターのバッキングが意外に難しい。もし、どこかで試聴する機会があれば、是非この演奏を聴いていただきたい。実にゆったりとしたスローテンポでリズムを刻んでいる。ボサノバはせかせかしてはいけない。急いではだめ。力を抜いて静かな波のようなリズムをつくり出さなければならない。4ビートじゃない、2ビートの演奏。十分な間合いを持ったリズムを刻む。実はこれが出来る人がボサノバ向きのギタリスト。Desafinadoのイントロも歯切れよく、しかもせかせかせずゆったりとした雰囲気をキープしている。

アルバムタイトル曲のSamba De Verao[Summer Samba]も実にいい。肩の力を抜いた歌い方とバッキングはまさにボサノバ演奏のお手本だ。Laura Annという歌い手のことはあまりよく知らないけど、ボサノバの歌手として実にぴったりな人。力まず自然体で歌っていながら、この手の歌手によくある素人くささがなく、しっかり声が出ている。うまいから力が抜けている。ボサノバというのは結局、脱力系の音楽なんですね。」

ラブラドールが聴いた今日のジャズ-第9回- Yours Is My Heart Alone / Dan Nimmer Trio

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ユアーズ・イズ・マイ・ハート・アローン

Django:「ジャズはベースとドラムが要。この2人が優れていれば、スリルと興奮に満ちあふれたジャズが味わえる。でも、普段なかなかそういった一流のリズム陣にお目にかかれない。

優れたベースプレーヤーの手にかかると、ジャズの骨格がしっかりと引き締められ、ジャズ特有の強烈なグルーブ感がわき起こってくる。スウィング感だ。みんなこれを求めてジャズを聴いているんだけど、スウィング感というものはそう容易く出せるものではない。

ジャズの醍醐味である、スウィング感やグルーブ感を本当に味わいたいなら、やはりNYの第一線のリズム陣が参加する演奏を聴くべきだ、と常々思っている。ジャズの持つスリルと興奮と熱気は、NYの第一線のリズム陣の演奏を聴いた瞬間に、ああ、これだ!と間違いなく確認できる。

ところで、NYジャズシーンでの第一線リズム陣といえば、ベースがピーター・ワシントン(Peter Washington)、ドラムスがルイス・ナッシュ(Lewis Nash)をあげて、異論を唱える人はいないだろう。この二人がリズム陣として起用されれば、ジャズがまさしくジャズとして目覚める。ルイスのドラムは、剣道にも相通じる瞬発力とスピード感を伴い、抜群の安定感で軽々とスウィングし始める。一方のピーター・ワシントンはロン・カーター以来の腰の据わった重心の低いベースワークで強烈なグルーブ感を醸し出す。そしてこの二人が、チームを組むと、一糸乱れぬ強力なビート感が持続される。

この二人のリズム陣をバックに、今NYのジャズシーンで最も注目すべき若手ジャズピアニストの一人、ダン・ニマー(Dan Nimmer)を起用したピアノトリオアルバムが、昨年の11月に吹き込まれ、今年の5月21日にヴィーナス・レコードよりリリースされた。アルバムタイトルは、ユアーズ・イズ・マイ・ハート・アローン (Yours Is My Heart Alone)

ダン・ニマーは以前にもこのブログで取り上げたが、1982年Milwaukee生まれ。ウィントン・マルサリス率いるリンカーンセンター・ジャズ・オーケストラのピアノ奏者をつとめる。ヴィーナスレコードからすでに2枚のリーダーアルバムがリリースされている。

日頃ジャズに親しんでいる人もそうでない人も、もし、NYの第一級の本物のジャズを聴きたいなら、間違いなくこのアルバムをお薦めします。12曲目のSpeak Low IIの冒頭のピーターワシントンのベースワークに注目してください。この躍動感、これがなかなか出せないんです。10曲目Only Trust Your Heartでのシングルノートのベース、実にいい音ですね。11曲目のFalling In Love With Love、思わず歌い出したくなる親しみやすいジャズスタンダード曲、実にリラックスしたムードを演出しているのもやはりピーターワシントンのベースのお陰です。ラストのWhims Of Chambersは、まさに50年代のジャズ黄金時代のハードバップの再現。ここでもピーターワシントンのベースが、ポール・チェンバースに勝るとも劣らない生き生きしたビート感を打ち出している。そして何より全ての曲を引き締め、時にはものすごい瞬発力を秘めながら、軽やかでのびのびした演奏を繰り広げるルイスのドラムが、このアルバムを支配している。これまでの2作もよかったけど、やはりルイスとピーターの二人の超強力なリズム陣が参加した今回のアルバムは、それ以上の出来ですね。

ところで、ルイス・ナッシュがこの秋の富士通コンコード・ジャズ・フェスティバル 2008の全国ツアーのために来日する。しかもベースのピーター・ワシントンとともに。これは見逃せないですね。」

【富士通コンコード・ジャズ・フェスティバル 2008】

■公演期間:2008年10月30日(木曜日) ~ 11月9日(日曜日)

■ルイス・ナッシュ・ビバップ・オールスターズ ≪フィーチャーリング≫フランク・ウエス
ルイス・ナッシュ(ds)/テレル・スタッフォード(tp)/ジェシー・デイビス(as)/マルグリュー・ミラー(p)/ピーター・ワシントン(b)
≪フィーチャーリング≫フランク・ウェス(ts、fl)

●10月30日(木曜日)    東京    Tokyo TUC    A    TUC  03-3866-8393
●10月31日(金曜日)    広島    広島県民文化センターふくやま(エストパルク) 
A    Jazz Spot DUO  084-923-5727
●11月1日(土曜日)    高知    香南市夜須中央公民館 マリンホール   
 A    香南市夜須中央公民館  0887-54-2121
●11月3日(月曜日・祝)    山口    阿武町町民センター 文化ホール   
A  VILLAGE 0838-25-6596
●11月4日(火曜日)    大阪    ザ・シンフォニーホール   
A B C    PROMAX 06-4802-3438
●11月5日(水曜日)    札幌    札幌コンサートホール Kitara   
A B C    BOSSA 011-271-5410
●11月6日(木曜日)    名古屋    名古屋ブルーノート   
A C    名古屋ブルーノート 052-961-6311
●11月7日(金曜日)    名古屋    名古屋ブルーノート   
A B    名古屋ブルーノート 052-961-6311
●11月8日(土曜日)    焼津    焼津市文化センター 大ホール    
B    焼津市文化センター 054-627-3111
●11月9日(日曜日)    東京    東京・ゆうぽうとホール   
A B C    オールアート・プロモーション 03-3441-1173

※出演アーティスト

A  ルイス・ナッシュ・ビバップ・オールスターズ ≪フィーチャーリング≫フランク・ウエス
B    イリアーヌ・イリアス
C    寺井尚子カルテット

ラブラドールが聴いた今日のジャズ-第8回- Gypsy Lamento / Ken Peplowski Gypsy Jazz Band

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ジプシー・ラメント

Django:「Django系ジャズの最新アルバム、Gypsy Lamento。実はこのアルバム、2008年4月にヴィーナス・レコードより発売されたが、今の季節にぴったりなジャズだ。真夏にこそ聴きたいアルバム。あの、ジャンゴ・ライハルト的スウィング・ジャズが存分に楽しめる。

演奏は、サックスとクラリネットの両刀使いのケン・ペプロフスキー(Ken Peplowski)率いるGypsy Jazz Band。ギターは、名手Bucky PizzarelliとともにHoward Aldenも参加。ドライなアコースティックサウンドでジプシー・ギターを奏でる。もちろん、ヴァイオリン(Arron Weinstein)も加わり、白熱のジプシー・スウィング・セッションが展開される。

冒頭のTopsyからいきなり、引き込まれる。もちろん、ジャンゴの十八番Minor Swingも収録されている。Tearsでは、ジャンゴ風ギターが大活躍。意外だったのは、エリントンの屈指の名曲Solitudeが取り上げられていること。選曲の良さが光る。Djangoの香りを現代に蘇らせた実に楽しい最新アルバム、カラフルなサウンドと独特のスウィング感、一度聴くと手放せなくなる。これはもう今夏のベストアルバムとしかいいようがない。Djangoが薦める最もDjango的なアルバム、文句なしに特選!」

ラブラドールが聴いた今日のジャズ-第6回- リカード・ボサノヴァ / Harry Allen

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リカード・ボサノヴァ

Django:「先ほど主人が買ってきたCDのジャケットを見たら、犬が写っていた。たぶん、ジャケットに魅せられて買ってきたのだろう。でも聴いてみるとなかなかいい曲ばかり。梅雨のこの時期にぴったり。軽くて気楽に聴けるジャズの定番はやっぱりボサノヴァだ。

アルバムタイトルは、リカード・ボサノヴァ。演奏は、ハリー・アレン(Harry Allen)。以前に紹介したスコット・ハミルトンとならび、オールドファッションというか、スイング時代に逆戻りしたような古いスタイルにこだわるサックスを奏でる。

でも、実際の演奏は決して古くさくはなく、今の時代にぴったりというか、とても温もりがあり、リラックスできる。曲目は、ボサノヴァの名曲がズラリ。コルコヴァード、カーニヴァルの朝(黒いオルフェ)、イパネマの娘をはじめ、アルバムタイトル曲のリカード・ボサノヴァなど。2006年にリリースされたアルバムなので録音も優秀だ。蒸し暑い季節にこれをかけると除湿器に早変わり? 今の季節におすすめのアルバム。」
 

ラブラドールが聴いた今日のジャズ-第5回- In The Mood 〜Plays Glenn Miller〜 / Manhattan Jazz Orchestra

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Django:「京都シティハーフマラソン、平安神宮前9時スタート。今日は朝から散歩に行けそうな気配。マラソンコースは、平安神宮→河原町御池→烏丸御池→烏丸今出川→河原町今出川→(加茂街道を通り)北山大橋へと続く。北山大橋通過時刻を主人は頭に入れた。先頭ランナーが9時25分に到着だ。

鴨川河川敷に到着し北山大橋に向かって歩いた。気がつくと橋にはすでにランナーの姿が見えた。いつものように、寄り道しながらにおいを嗅ぎわけている暇はない。そこから駆け足でやっと橋の南側に到着した。北山大橋を東へ渡ったあたりで、ブラスバンドのマーチが聴こえた。ここで観戦。

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鴨川河川敷でいつもマラソン練習をしているT花さんはもうすでに通過したんだろうか。匂いを嗅いでみたけどボクの鼻でもわからない。T花さんのいつもの練習コースは北山から京都駅までの往復。相当な距離だ。それだけ走り込んでいるから、今日のレースもきっといい位置につけているに違いない。6200人のランナーが走ってくるのだから、相当集中しないと見逃してしまう。スピードが速く目の前を通過するのは一瞬だ。ブラスバンドの演奏に熱が入ってきた。サウンド全開だ。中学生にしてはなかなかうまい。先Kitayama001
生の指揮の姿もいい。気がつけばボクはランナーよりもサウンドに耳を奪われていた。曲が終わった。と、そのとき一瞬T花さんの匂いがした。思わず前方を見ると、風のようにT花さんが通り過ぎ去った。主人は気がつくのが遅かった。T花さんはボクの顔を見て微笑んで行った。

家に帰っても、ブラスバンドのサウンドが耳に残った。急にビッグバンドを聴きたくなった。ひょっとして主人も同感ではないかと思っていると、ボクの勘が当たった。棚からCDアルバムを取り出した。CDのプラスティックケースがピカピカだ。新しい。最新盤に違いない、と思っていると、ビッグバンド・サウンドが流れ始めた。グレンミラーの真珠の首飾り(A String Of Pearls)。でも演奏はグレンミラーではない。誰の演奏か? サウンドは相当新しい、ニューヨークっぽい、などと思いながら再度ジャケットを覗いてみた。

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わかった! マンハッタン・ジャズ・オーケストラ。略してMJOと呼ばれる、デビッド・マシューズ率いるNY最強のジャズオーケストラだ。アルバムタイトルは、イン・ザ・ムード〜プレイズ・グレン・ミラー〜。2007年の作品。今年の6月にジャパンツアーが決定している。関西では6/21(土)に大阪ザ・シンフォニーホールで開催が予定されている。このオーケストラの編成は、通常のビッグバンド編成とは相当異なっている。もっとコンテンポラリーというかギル・エバンス的だ。でも、ギルよりデビッド・マシューズの方が親しみやすい。編成は、4トランペット、4トロンボーン、2サックス、2フレンチ・ホーン、ベース・クラリネット、チューバ、ピアノ、ベース、ドラムからなる。マシューズの斬新でコンテンポラリーなサウンドは、からだに心地よいね。」

ラブラドールが聴いた今日のジャズ-第4回- At the Stratford Shakespearean Festival / Oscar Peterson Trio

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Django:「いつもの散歩コースである鴨川へ出ると、急に風が強くなってきた。3月にしてはまだまだ寒いなあ、と思いながら歩いてると、雪が舞い降りてきた。真冬のようだ。主人は、ポケットに手を突っ込み、かなり寒そうな様子だった。ボクは、寒いのは平気。"ラブラドール・レトリバー"は、カナダのニューファンドランド・ラブラドール州が原産だけあって、これぐらいの寒さではびくともしない。これまで真冬の鴨川でも、何度も川に飛び込んだ。雪の中をずぶ濡れになって家まで帰ったこともある。その度に主人は呆れた顔をする。

北大路橋を過ぎてしばらく歩くと出雲路橋に到着。いつもはここで引き返すのだが、主人はいっこうに戻る気配がない。橋をくぐりさらに歩き続けた。下鴨神社の近くの葵橋を超え、ついに出町柳に到着。ひょっとして今日は、と行き先を予想していると、ボンボンカフェの横の階段を上り、今出川通りに出た。その通りを西へ進み、河原町今出川交差点を南へ渡った。やはり今日の行き先はあそこだ!と思った。交差点を過ぎパチンコ屋を超えた角で主人は立ち止まった。ドーナツの香りがする。通りを挟んで南はミスター・ドーナツだった。角の電柱にリードを括り付けると、”行ってくるからな”とボクに声をかけた。

行き先は、予想通りレコード屋だった。つだちくという名前のレコード店で、なんでも昭和9年創業の老舗らしい。今は店を移転しビルの1階に入っているが、以前は今出川通りの河原町西入ルにあったそうだ。30分ほどで主人は戻ってきた。手には、大きな袋をさげていた。臭いを嗅ぎ分けると、LPレコードだとわかった。結構古そうだ。いわゆる中古レコードに違いない。いつものように、ドッグフードを2粒もらった。

出町の河川敷のベンチに座り、主人は袋からレコードを取り出した。ジャケットの裏のライナーノートを読み出した。1枚目は、オスカーピーターソンのアルバムだ。タイトルは、At the Stratford Shakespearean Festival / Oscar Peterson Trio。あれっ、確かこれ聴いたことあるぞ! と、そのとき思った。シェークスピア・フェスティバルでの1956年のライブレコーディングだ。当時のメンバーは、ドラムレスで、ピアノのオスカー・ピーターソンに、ギターのハーブエリス、ベースのレイ・ブラウンの3人編成。当時まだハーブエリスが参加していた初期の貴重なトリオ盤。ドラムが入っていないから、このサウンド覚えているけど、確かCD盤が家にあったはずだ。

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家に帰って、さっそく主人は、ジャケットからレコードを取り出し、両面を丁寧にチェックした。ぼくが見たところ無傷できれいだと思った。針がおろされた。スインギーなピアノトリオの演奏が始まった。3人のスインギーなノリの良さが、ボクの体に伝わってきた。56年のライブ録音でもともと音質はややこもり気味だが、レコードならではの音の勢いは十分感じられた。」

Murphy:「やはり、そのアルバムのCD盤は持っていたの?」

D:「そう。ひょっとして主人は、忘れていたのかなあと思ったけど、あとからそのCD盤を棚から取り出していた。」

M:「どうして、同じものを買うの?」

D:「ぼくも最初はよくわからなかったけど、あとで納得した。その後、主人はLPレコードを、ジャケットサイズの木製の額縁に入れて壁に飾っていた。そうか、主人はこのアルバムが好きでLPジャケットを部屋に飾りたかったんだ。」

ラブラドールが聴いた今日のジャズ-第3回- Jim Hall in Berlin / Jim Hall

Garo1Django:「今日は主人に連れられて、旧大宮通りを南へ進み、北山通りを渡り、そのまままっすぐ下って行った。しばらくすると、大徳寺前に到着。その後北大路の交差点を渡り、さらに南下した。鞍馬口通りにさしかかると右折。そのまままっすぐ鞍馬口通りを西へ歩いた。このあたりは商店街で、昔からの店が建ち並んでいる。八百屋さんをこえたあたりから、コーヒーの香りが漂ってきた。ボクは嗅覚が人間より発達しているから、かなり遠くからでも嗅ぎ分けることができる。ああそうか、いつものコーヒー屋さんに珈琲豆を買いに行くんだ!。

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自家焙煎コーヒーのガロという店。主人が言うには、ここのコーヒーが一番おいしいって。お店のお兄さんがドアを開けて店の前まで出てきてくれた。主人は、いつものように300g注文した。匂いでオリジナルブレンドだとわかった。店内からジャズが聞こえてきた。小さな店だけど、珈琲に対するこだわりは半端じゃない。珈琲豆の種類は豊富で、名機ポンド釜直火型焙煎機で丹念に焙煎しているらしい。店の入り口付近には、ジャズのライブ情報が溢れている。この店の2階では定期的にライブが開催されている。京西陣・町家で一番小さなLIVEと書いてある。

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ここから家まで約25分。途中、鞍馬口通りでいろんなお店に出会った。おもしろい招き猫を発見。少し行くと、ボクの鋭い嗅覚がニッキと抹茶に反応した。茶洛というわらび餅の店だった。この店には多くの観光客が訪れ、時々売り切れの札が出る。うちの主人はここのわらび餅未体験らしい。

家に帰ると、珈琲の香りが部屋中ただよった。主人は棚からレコードを取り出した。珈琲を一口飲んだ後、レコード盤をターンテーブルに置き、針をセットした。ギターの音色が聴こえた。まろやかで繊細な響きはジム・ホールに違いないと思った。

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アルバムタイトルは、Jim Hall in Berlin。1969年6月にベルリン市内のスタジオで録音され、MPSレーベルからリリースされた。パーソネルは、ジム・ホール(g)、ジミー・ウッド(b)、ダニエル・ユメール(ds)。ホールが単身ベルリンに渡り、現地のリズム陣と演奏したアルバム。」

Murphy:「ジム・ホールのリーダー・アルバムで、ギタートリオ編成なんだね。」

D:「そのとおり。実はこのアルバム、ドイツのジャズ評論家兼プロデューサーのヨアヒム・E・ベーレントがプロデュースしたもの。LPレコードのライナーノートに、ベーレントがその時の状況について詳しく書いている。簡単に紹介すると、1960年代の後半、ギターアルバムは過剰とも言えるほど反乱していた。しかし、ジム・ホールのリーダーアルバムは一枚もなかった。ベーレントも認める現代(当時)最高のジャズギター奏者であるにもかかわらず。そこで、彼自らがプロデュースしたわけだ。」

M:「意外だね。当時はそうだったのか。今ではボクでもジム・ホールの存在は知っているし、リーダーアルバムがいっぱい出ているのに。」

D:「ベーレントは、ライナーノートのなかで、この吹き込みテープを10回以上聴き直した結果次のように述べている。

『芸道を極めつくした名人にしかみられない洗練の極地ともいうべき単純性を発見することができた。(ヨアヒム・E・ベーレント(油井正一訳)、LPレコードライナーノートより)』

レコードのB面は、I’ts Nice to Be With Youという曲で始まった。この曲は、ホールの奥さんが作った曲らしい。昼下がりのひととき、珈琲の香りに満ちあふれた部屋で、このレコードが流れると、実にリラックスする。ジム・ホールのギターは、音を吟味し、単純化の極地ともいうべき音楽を奏でる。ベーレントも言っているように、これほどのシンプルな演奏は、一流のアーティストにしかみられないものだ。単純でしかも的確な音を選ぶ。そのサウンドがシンプルであるからこそ、ボクの耳がしっかり受け止め、一音たりとも聴き逃すまいとする。いくら聴いても飽きない。」

 

ラブラドールが聴いた今日のジャズ-第2回- Dearest Duke / Carol Sloane

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Django:「午後2時、主人に連れられて熊野神社前に到着。交差点を渡り東南角から少し東へ向かうとバス停があり、その脇に京都の老舗ジャズスポットYAMATOYAの看板を見つけた。今日の目的はジャズ喫茶だとそのとき初めて気づいた。ボクはこのバス停で括られて待機させられるのかと思ったが、そのまま路地を南へ入り、店の前に到着。イヌを同伴できないから、外でしばらく待機。主人は1人で店の中に入った。ボクはウトウトしはじめ地面に屈み込んで居眠りをしてしまった。

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20分ほどで主人は戻ってきた。コーヒーの香りがした。いつものドッグフードを2粒もらった。この店は、昔と同じアットホームな雰囲気が残っているらしい。なんでも入って直ぐ左手には、アップライトピアノが置かれ、その両側にはイギリスのスピーカー、名器ヴァイタ・ヴォックスが並んでいるという。主人が言うにはここの店は今でもLPレコードをかけており、CDと違って聴き疲れしない柔らかな音らしい。ボクもだいたい想像がつく。というのは、いつも家では、主人はCD以外にLPレコードもかけているので、音質の違いはよくわかる。どちらかといえばボクは、LPレコードの音の方が好きだ。アナログの音って、なにかホッとする空気感を発してくれる。

Django080304_2主人が言うには、CDの方が物理特性は上だけど、聴感上はアナログの方がリアルに聞こえることもあるらしい。ボクもそう思う。人の声(ヴォーカル)なんかはLPの方が本物にそっくりだと思えることがよくある。」

Murphy:「CDと違って、LPレコードはノイズが出るだろう。」

D:「確かにそのとおり。でも、あまり気にならないよ。レコード盤の状態によるけどね。今のCDは出始めた頃に比べてずいぶん音がよくなった。最新のリマスター盤なんか驚くほど改善された。もうどっちがいいとか悪いとかの話じゃなくて、それぞれに良さがあるわけで、これからも共存していってほしい。

ところで、その夜、主人はジャズヴォーカルをかけていた。このアルバムはCDだけど、音質が素晴らしかった。演奏内容も申し分なし。びっくりするほど深みのある声だった。」

M:「誰のアルバム?」

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D:「あまり有名な人ではなさそうだ。白人の女性ヴォーカリストで、キャロル・スローン(Carol Sloane)という人。アルバムタイトルは、Dearest Duke。2007年1月の録音。Arborsレーベルから2007年6月にリリースされたらしい。伴奏はシンプルで、Ken Peplowski(テナーサックス、クラリネット)とBrad Hatfield(ピアノ)の二人。曲目は、すべてエリントンナンバーばかり。」

M:「そういえば、Djangoくんもご主人の影響をうけて、デューク・エリントンが好きだったね。」

D:「うちの主人が言うには、キャロル・スローンは、エラ・フィッツジェラルドの亡き後、本当のプロフェッショナルとして玄人好みの貴重なジャズ歌手だって。穏やかに語りかけるその歌声は、大人の成熟した女性ならではの説得力を持つ。若い頃からずっとデューク・エリントンにあこがれ、エリントンナンバーをライフワークとして歌ってきた人ならではの深みをもった歌声だ。ボクは、1曲目のSophisticated Ladyが始まった瞬間から、自分の耳がピクッと震えてしまった。ああ、この曲はこういう歌い方でなければ!と思った。半音階での移行を伴う複雑なメロディーラインは、キャロル・スローンのような熟達した歌い手でないと、曲の心を決して表現することは出来ない。

2曲目のSolitude。これがまた素晴らしい。周りが静まりかえった夜に聴く歌だ。Peplowskiのサックスが寄り添い、Hatfieldのピアノが丁寧に控えめに奏でる。もっとも上質なジャズが流れる時間だ。Sophisticated LadySolitudeはボクの最も好きな曲。本物が歌うと曲の魅力が一層高まる。主人は、このアルバム、2007年度の最高のジャズヴォーカルアルバムではないかと言っていた。ボクも同感だ。」

新連載!ラブラドールが聴いた今日のジャズ-第1回- Bud Plays Bird / Bud Powell

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Django:「"ラブラドールが聴いた今日のジャズ"と称して、新連載を始めます。」

Murphy:「そのタイトル、どういう意味?」

D:「Murphyくんのご主人も最近ジャズを聴き始めただろう。うちなんか、ボクがこの家にやってきたときから、ずっとジャズが流れていた。今では結構覚えたよ。そこで、ボクたち二人で、ジャズのことを話し合おうというわけ。

あ、そうそう、ブログを初めて見た人にもわかるように、説明しておくと、僕たち二人は、ラブラドール・レトリバーという犬種。Djangoはボクのことで、通称チョコラブと呼ばれるチョコレート色。Murphyくんは、イエローのラブ。ボクの主人は根っからのジャズ好きで、スイングギターの名手ジャンゴ・ラインハルトにあやかって、ボクをDjangoと命名したんだ。いつも部屋ではジャズが流れている。この4月でボクは3歳になる。この家に来てもう2年半ほどジャズを聴いている。最初はあまり興味なかったけど、そのうち繰り返し聴いていると、自然に覚えるようになった。ジャズってけっこういいもんだ。今では、ジャズは子守歌がわり。ジャズが流れてウトウトしているときが一番快適。ジャズって、リズムがあるから楽しいね。スイング感っていうか、独特のビート感覚がある。いつもL.L.ビーンのマットがボクの居場所だけど、その上でゴロゴロしながらジャズを聴くのが楽しみになったんだ。Murphyくんはどう?」

M:「うちの主人も最近ジャズを聴くようになった。ボクはまだ聴き始めたばかりなんで、正直言ってあまりよくわからない。でも、何かいい香りがするね。Djangoくんのいう、スイング感というかビート感覚というのか、独特のノリがいいね。タイトルの意味はわかった。そうか、そういうことだったのか!」

D:「たぶん、Murphyくんもそのうちジャズが好きになるよ。繰り返し聴いていると、だんだんわかってくる。最初は、何も考えずに気軽に聞いているだけでいいから。そのうち、曲名やアーティスト名なんかもわかってくる。少し、曲を覚えたり、ジャズプレーヤーの名前を知るようになってくると、毎日が楽しくなる。

ところで、さっそく第1回、はじめるぞ。Murphyくんの方から何でも質問して」

M:「実はうちの主人、最近ジャズピアノをかけている。ジャズピアノっていいね。ピアノとベースとドラムの3人編成かな。特にベースのビート感が。」

D:「さすが、Murphyくんいい耳しているね。それってピアノトリオっていうんだよ。」

M:「聴覚なら、ボクたち主人には負けないもんな。Djangoくんにダイレクトに質問するけど、ピアノトリオでのなかで、これぞジャズピアノという名盤を教えてくれる!」

D:「おいおい、いきなり直球を投げるなよ。ジャズピアノだったら最初はなんでもいいんじゃない。」

M:「一番いいジャズピアノのアルバムを主人にすすめようと思って。」

D:「おまえ、飼い主にしゃべれるのか?」

M:「あたりまえだろ。テーブルに置いてあるジャズの雑誌のなかでおすすめのアルバムが載っているページを開いて、"ワン"というだけだよ。」

D:「そうか、新聞や雑誌などを口に咥えて飼い主のところに持って行くのは、Murphyくんの特技だったもんな。」

M:「いきなり、主人にジャズピアノの真打ちといえるものを紹介すれば、三日坊主に終わらずに、気に入ってジャズを聴き続けると思うから。」

D:「なるほど。その戦略はいいね。それなら教えよう。

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バド・パウエル(Bud Powell)のピアノトリオで、Bud Plays Birdというアルバム。このアルバム、案外知られていないんだけど、実に素敵だ。何がいいって、アルバムまるごとほぼチャーリー・パーカーの名曲ばかり。パーカーは、アルトサックス奏者で、ビバップの開祖のひとり。一方バド・パウエルはビバップ・スタイルのピアノの開祖。パーカーの没後、1957年の10月から58年の1月にかけて、NYで録音された。レーベルは、Roulette(現在はブルーノート傘下)。ジャズピアノを聴くならこのアルバム、何はともあれビバップを聴くべし!というのが、今日のボクの提言だね。」

M:「聴きづらくない?」

D:「全然問題なし。ジャズピアノの醍醐味、なかでもホーンライクに右手で自在にアドリブフレーズを奏で、左手で、実に見事なリズム感でコードを入れる。これがバド・パウエルのスタイル。1940年代に起こった画期的なピアノスタイル。いわゆるモダンジャズの黎明期だね。このバドが、先輩格のパーカーの名曲ばかり演奏しているのだからこれ以上ベストなものはないぞ。このアルバムを聴き続けると、ビバップのフレーズに親しみを覚えるようになり、次第に霧が晴れたようにジャズがわかってくる。繰り返すけど独特のビバップフレーズは、言葉と同じ。最初は、Murphyくんも人間の言葉がわからなかったけど、今では100ぐらい単語を知っているだろ。近所のポチなんか400から500ぐらいの言葉を覚えているぞ。言葉を覚えると飼い主のいうことがなんでもわかってくる。言葉、イディオムだね。ジャズも同じ、ビバップのイディオムの宝庫は、ピアノではバド・パウエルだ。

ジャズピアノのアーティストのなかで、いわゆるパウエル派と呼ばれる人たちがいる。例えば、現役の長老格として今でもNYで活躍するバリー・ハリスなんかは、まさしくパウエル派の中核を成す人。いまでも、NYの彼が主催するワークショップでは、ビバップフレーズを口ずさむように教えている。ジムホールも言っていたけど、ジャズは言葉だと。だからNYに行けばジャズという言葉に接する機会が多くなり、ジャズ演奏を通じてプレーヤー同士がコミュニケーションできるようになる。言葉がわかれば楽しいぞ。繰り返し聴けばだれでもわかってくる。それに、バップイディオムっていうのは、実にかっこいい。

ベースは、いわゆるウォーキング・ベースという、1小節で4つのビートを刻むのが基本。オスカー・ペティーフォードポール・チェンバースなどのベースラインは、それだけで生き生きとしたビートがわき起こってくる。ああ、ジャズだ!という独特の感覚が見事に表れる。それにドラムが加わる。ビバップにおけるモダンドラムの開祖がケニー・クラークだ。ジャズは、優れたベース奏者とドラム奏者の二人で音楽の骨格を作り上げる。体が自然にスキップし、動く、音楽に合わせて体がスイングする。その感覚がジャズの一番の基本だ。今日はこのぐらいにしておくから。次回からは、ジャズのアルバムを紹介していこう。但し、断っておくが選定は僕たちイヌの感性で選んだものだから。」

M:「わかった。次回を楽しみにしているから。」