第36回 不滅のジャズ名曲-その36-シング・シング・シング(Sing Sing Sing)

Murphy:「Djangoくん、前回質問したことなんだけど、矢口監督の映画”スウィング・ガールズ”を見てビッグバンドに興味持ったんだ。それで本で調べたら、グレン・ミラーとかデューク・エリントン、ベニー・グッドマン、カウント・ベイシーなどいろいろ出てきて、どのアルバムから聴けばいいかよくわからない。アドバイスしてくれる?」
Django:「”スウィング・ガールズ”の影響だな。」
M:「このあいだも、CDショップに行ったんだけど、ジャズのコーナーのなかでどのへんにビッグバンドがおいてあるのかよくわからなかった。ようやく見つけたのがカウント・ベイシーとベニー・グッドマン。」
D:「以前は、ビッグバンドなどスイング時代のものは一まとめにおいてあったんだけど。最近は、特に区別なく単にABC順に並べてあるところが多いから、わかりにくいね。」
M:「うん。」
D:「まず、どの曲を聴きたいの?」
M:「シング・シング・シング」
D:「ああ、それなら紅井良男さんだね。」
M:「誰、それ」
D:「ベニー・グッドマン。グッドマンだから、日本語で”良男”だろ。」
M:「Djangoくんがかってにつけたの?その名前。」
D:「いや、以前からそういわれていた。ところで、”シング・シング・シング”について話すと、この曲は、トランペッターのルイ・プリマが1936年に作曲した。Benny Goodman Orchestra at the Stanley Theatre, Pittsburgh, Pennsylvania, 1936

その後、グッドマンが演奏し、大ヒットにつながった。この曲のグッドマン版は、スイング・ジャズのバイブルと言われるほど有名。以来ほとんどのバンドのレパートリーになっている。」
M:「じゃあ、ベニー・グッドマンのアルバムがいいの?」
D:「そう。やはりこの曲を聴くなら、ベニー・グッドマンだね。」
M:「やっぱりそうか。ある程度の検討はつけていたんだ。でも、ショップへ行くと、ベニー・グッドマンのCDは何枚かあって、どれがいいのかわからない。とりあえず、ベスト盤かなと思ったんだけど。ここは、Djangoくんにまず相談してと思い、買わずに引き上げたんだ。」
D:「ああ、よかった。ベスト盤を買わなくて。ベニー・グッドマンを選ぶなら、決定盤があるよ。録音は古いんだけど、1938年1月16日のライブ。」
M:「よく覚えているね。」
D:「ジャズ史上で最も重要な日の一つだから、忘れないね。実は、この日、クラシックの殿堂といわれるニューヨークのカーネギー・ホールで、異例のジャズコンサートが開催された。これがベニーグッドマンの伝説のコンサート。この夜の演奏を収録したアルバムが、”ベニー・グッドマン ライヴ・アット・カーネギー・ホール(Live at Canegie Hall -1938)”。ジャズ史に残る名盤だね。20世紀を代表するジャズのイベントともいわれている。」
M:「へえー、そんなに貴重なライブだったの?」
D:「そのとおり。この日は、ベニー・グッドマン楽団に加え、カウント・ベイシー楽団から、ベイシー(p)、レスター・ヤング(ts)、バック・クレイトン(tp)、フレディ・グリーン(g)などの蒼々たるメンバーが参加した。また、デューク・エリントン楽団からは、ジョニー・ホッジス(as)も。これは当時の最高のメンバーだ。」
M:「レスター・ヤングって聞いたことあるな。」
D:「レスターは、戦前(1945年まで)の演奏の方がはるかにいいよ。このアルバムの録音当時は、レスターの絶頂期。この日のプログラムは、グッドマン楽団の大編成ビッグバンドから、少人数のコンボ、さらに、ジャムセッションなど、実に多彩なプログラムが展開された。”ハニー・サークル・ローズ”というタイトルのジャム・セッションは、実に、16分余りの長時間にわたっている。これだけでも、このアルバムの価値はあるよ。まず、レスターがソロをとるんだけど、これがレスター本来の実力だね。さすがに素晴らしい。続いて、あのベイシーがソロ、以後白熱のライブが繰り広げられる。最高のリズム・ギタリスト、フレディ・グリーンのバッキングも聴ける。リズムセクションの心臓ともいうべき存在。せっかくMurphyくんが、スイング・ジャズに興味を持ったんだから、ベスト盤なんか買わずに、最初から最高の名演が収録されたこのライブ盤を選ぶべきだよ。どちらにせよ、グッドマンを追いかければ、ここに行き着くんだから。」
M:「そうか、すべてグッドマンのビッグバンドばかりでないんだ。コンボも入っているのか。」
D:「先ほどのジャムセッションを聴いてから、ビバップを聴けば、そのつながりが次第にわかってくる。ビバップの謎を解くには、このジャムセッションは必聴だよ。レスターは、後のビバップ派に多大な影響を与えたんだ。彼の演奏がそのインスピレーションの一つ。」
M:「そうか。Djangoくんの言いたかったことは、ビバップの謎を理解するには、その直前のスイング・ジャズを聴けばわかってくるということだね。」
D:「そのとおり。ジャズを聴くのにビバップからスタートするのもいいけど、やはりその前のスイング時代から聴くほうがはるかにおもしろい。ジャズをこれまで以上に楽しめるんだ。そういう意味で、ベニー・グッドマンの存在は大きいよ。彼の演奏もさることながら、その協演者たちが、後のビバップの引き金につながっている。例えばグッドマンのスモールコンボに参加していたチャーリー・クリスチャン。もうひとつのインスピレーションだね。」
M:「なるほど。最初は、”シング・シング・シング”だけでいいか、と思っていたんだけど。」
D:「もちろん、このカーネギー・ホールでのライブにも、”シング・シング・シング”は入っているから。他に、グッドマン楽団の十八番であるアヴァロン、その手はないよ、私の彼氏、ブルースカイズなど名曲がぎっしりつまっている。それにしても、ハリー・ジェイムス(tp)、バック・クレイトン(tp)、ジョニー・ホッジス(as)、ライオネル・ハンプトン(vib)、テディ・ウイルソン(p)など、当時のトップ・プレイヤーたちが、楽団の垣根を越えてこのライブに結集したのだからすごいよ。アメリカでは、1990年代から、スイングジャズが若者の間で流行しはじめ、今リバイバルしている。スイング・ジャズは理屈抜きに楽しめるからね。からだが自然にスイングしはじめる。そこが一番の魅力だよ。」
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ライヴ・アット・カーネギーホール1938 (完全版)
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