ラブラドールが聴いた今日のジャズ-第18回- Hi-Fi Ellington UPTOWN / デューク・エリントン楽団 SOPM-154

Hi-Fi Ellington UPTOWN (LP)

Hi-Fi Ellington UPTOWN (CD)

1952年の録音。戦後のエリントン楽団を代表する名盤だ。解説の牧芳雄氏は以下のように述べている。「もし、”モダン・エリントン”という表現が許されるのであれば、まさにこのレコーディングが行われた頃、即ち51〜53年の間にエリントンのバンドはその数年前から行われたバップの色彩を十分に消化してモダン・ジャズ的な衣をまとって登場したのであり、そこに私は ”モダン・エリントン”が始まったといいたいのである。(同LPライナーノーツより引用)」

このアルバムのA面3曲目にはTAKE THE “A” TRAIN (A列車で行こう)が収録されている。エリントンのピアノから始まり、ベティ・ロッシュのヴォーカルがバップ・スキャットで彩りをそえている。「A列車」も多くの演奏が残されているが、このアルバムでの演奏時間は8分04秒。後半のポール・ゴンザルベス(ts)のソロワークまで、じっくり味わえる。

それにしても、SP時代には3分程度の演奏しか収録出来なかったけれども、LP時代になって、時間的制約がなくなり、ソロも内容豊富になり、よりライブに近くなった。

ところで、このLPは、50年代前半のモノラル録音だから、戦前のものに比べてずいぶん音がよくなった。アルバムタイトルが「Hi-Fi」と名付けられただけあって、今の時代に聴いても不足を感じない。このLPでは、レコードプレーヤーもカートリッジも、少し工夫を凝らして、中高域に張りのあるものを選んでみた。

カートリッジは、パイオニアのPC-15が最適だ。

60年代後半のオーディオ全盛時代、パイオニアのベルトドライブプレーヤーはベストセラーだった。その時代のプレーヤーに付属のカートリッジである、PC-15。これがいい。MM型カートリッジ。針圧1.7-2.3gで、ずいぶん軽量になった。今でも十分現役で使える。JICOからも交換針が出ている。テクニカのAT-6を少しだけ今風というかHi-Fiにしたような感じ。といっても、音は素直で中域が分厚い。だから、このLPには最適だ。対抗馬は、シュアーのM75か。でも、今はM75よりこちらの方をよく使う。ちなみに、PC-15はジャズだけでなくクラシックにも向いている。ヴァイオリンの音色が素晴らしい。

ラブラドールが聴いた今日のジャズ-第17回- コットン・クラブ・ストンプ / デューク・エリントン・オーケストラ SOPJ29-30

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このアルバムはエリントン楽団の戦前の録音。1935-39年の録音のなかの未LP化全32曲を収録した2枚組アルバム。帯には、「本年最高の復刻盤」と書かれている。1970年代前半にCBS・ソニーからリリースされた。曲目解説は粟村氏。

粟村氏によると、このアルバムは、デューク・エリントンの熱烈な崇拝者である、アメリカ人のキャラナン氏の所有するSP原盤のなかから、未LP化の曲を選んで作られた。そのきっかけは、粟村氏が直接キャラナン氏に提案したことから始まった。その結果、アメリカ本社の手を経ずに、わが国の CBS・ソニーから発売された。

この2枚組は、30年代後期のエリントン黄金時代の演奏が収録されており、抜群の音質で録音されている。ライナーノーツによると、キャラナン氏の自宅で、家庭用ルボックス・テープレコーダーを使用して作成された。同時代の他レーベルでの録音に比べると、常識をはるかに超えた高音質だ。

このアルバムはやはりLPで聴いてこそ、音の素晴らしさが味わえる。確かにCDの方が物理的特性は優れているが、このアルバムのように、1930年代の古い録音で、しかもSP原盤からの収録だから、ディスクでないと味わえない音質だといえる。SPからLPになろうとも、ディスクの音は共通したものがある。

レコードプレーヤーのカートリッジは古いものでもいい

これだけのいい音を聞くからには、レコードプレーヤーのカートリッジにも拘りたい。概して50年代から60年代のLPレコードは、古いカートリッジの方が、相性がいい。具体的にどのようなカートリッジがよいか。

結論からいえば、60年代から70年代の前半までに発売された国産カートリッジのなかにいいものがある。いま、手元で聴いているのは、オーディオ・テクニカのAT-6。当時OEMで他社の多くのレコードプレーヤーに供給されたカートリッジだ。VM型になる前のMM型。中域がしっかりして厚みがある。やわらかくて素直で神経質なところがなく、長時間聴いても疲れない。古い録音にこそ本領発揮する。テクニカのAT-1からAT-6ぐらいまでの初期モデルを聴くと、カートリッジの進化って一体何だったのかと思ってしまう。ある意味オルトフォンのSPUに通じるものがある。サックス、クラリネット、トランペットがいい。特にヴォーカルが素晴らしい。エリントン楽団の色彩感がよく出る。

日立Lo-DのMFS-170がいい音していると思ったら、テクニカのAT-6だった。その次のモデルMFS-250もなかなかいい。これで聴くこともある。実はこのモデルもテクニカのOEM。

カートリッジは時代とともに、周波数レンジが広がり、解像度が上がり、高域が強調されるようになったが、何だかCDの音に近づいていく感じだ。物理上の高性能化と聴感上の音の良さは別。CDとは違う音を求めるのであれば、アナログならではの味わいが濃い、古いカートリッジがいい。単に高音質を求めるならCDを聴けば十分だし、せっかくレコードを聴くなら、レコードでしか味わえない音を追求した方が楽しい。古いカートリッジをもう一度活用したい。

ラブラドールが聴いた今日のジャズ-第16回- The Music of Duke Ellington CBS/SONY 20AP 1847

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戦前のデューク・エリントン名曲集。野口久光氏の解説によると、このアルバムは、米国CBSが1950年代に《Great Jazz Composers Series》として、ジョージ・アヴァキャンが選曲、編集したデューク・エリントン自作自演集。録音が1928年から1949年までと表記されており、大半が戦前の録音。A面、B面を通して、名作、名演揃いだ。

戦前の録音だから、SPレコードの時代の吹き込みで、およそ3分程度に収まるように演奏されている。久々にこのアルバムを聴いて、改めてエリントン・ミュージックの楽しさを味わった。ムード・インディゴ、ソフィスティケイテッド・レイディ、ソリテュード、イン・ナ・センチメンタルムード、キャラバン、など、いずれもおなじみのナンバーだ。

もし、エリントンのアルバムで一枚選ぶなら、このLPをぜひお薦めしたい。CD化されているかどうかは確認していないが、おそらくリリースされていると思う。世の中には、ベストアルバムと言われる、ダイジェスト版は山ほどあるが、このアルバムは、さすが、ジョージ・アヴァキャンが選曲しただけあって、通俗的なベスト盤を超えているように思う。選曲と組み合わせが実に素晴らしい。

エリントン音楽のもつ、独創性と、いつの時代にも色あせないクラシックとしての普遍性。ジャズではあるけれど、ジャズを超越している。毎日でも聴きたくなるアルバムだ。

ジョニー・ホッジスを聴こう

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アルバムタイトル「Side By Side – Duke Ellington and Johnny Hodges」

「リラックスして聴けるジャズを紹介してほしい」というご要望にお応えして、このアルバムを選んでみた。ノーマングランツ、プロデュースのVerveレーベルから、1960年にリリース。録音は1959年だからけっこう音質もいい。もちろんステレオ録音。

このアルバムは、エリントン楽団の看板アルトサックス奏者である、ジョニー・ホッジスをフィーチャーしたアルバム。気心知れたエリントン楽団のメンバーたちによるジャムセッション。実にリラックスした雰囲気が漂う。普段は、ビッグバンドでの演奏が主体だけど、このアルバムのように少数のコンボ形式での演奏になると全員肩の力が抜けてのびのびとスイングし歌っている。

ジョニー・ホッジスのアルトサックスに、若いころは少し抵抗があった。というよりも、ビバっプ、ハードバップ路線を追いかけていたので、見逃していたというほうが正しい。でも、今ではジョニー・ホッジスはまちがいなく自分の好きなプレーヤーだ。コールマンホーキンスよりも。

ジョニー・ホッジスの魅力は? この脱力感がたまらない。ゆったりとした気分になれる。音色がすばらしい。実に温かい。おそらく世界で最も美しい音色を奏でるアルトサックス奏者だろう。

他に、このアルバムでは、ハリー・エディソン、ベン・ウエブスターなどエリントン楽団の看板スタープレーヤーたちが参加している。「A列車で行こう」の作曲家として有名なビリー・ストレイホーンも参加。

ラブラドールが聴いた今日のジャズ-第2回- Dearest Duke / Carol Sloane

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Django:「午後2時、主人に連れられて熊野神社前に到着。交差点を渡り東南角から少し東へ向かうとバス停があり、その脇に京都の老舗ジャズスポットYAMATOYAの看板を見つけた。今日の目的はジャズ喫茶だとそのとき初めて気づいた。ボクはこのバス停で括られて待機させられるのかと思ったが、そのまま路地を南へ入り、店の前に到着。イヌを同伴できないから、外でしばらく待機。主人は1人で店の中に入った。ボクはウトウトしはじめ地面に屈み込んで居眠りをしてしまった。

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20分ほどで主人は戻ってきた。コーヒーの香りがした。いつものドッグフードを2粒もらった。この店は、昔と同じアットホームな雰囲気が残っているらしい。なんでも入って直ぐ左手には、アップライトピアノが置かれ、その両側にはイギリスのスピーカー、名器ヴァイタ・ヴォックスが並んでいるという。主人が言うにはここの店は今でもLPレコードをかけており、CDと違って聴き疲れしない柔らかな音らしい。ボクもだいたい想像がつく。というのは、いつも家では、主人はCD以外にLPレコードもかけているので、音質の違いはよくわかる。どちらかといえばボクは、LPレコードの音の方が好きだ。アナログの音って、なにかホッとする空気感を発してくれる。

Django080304_2主人が言うには、CDの方が物理特性は上だけど、聴感上はアナログの方がリアルに聞こえることもあるらしい。ボクもそう思う。人の声(ヴォーカル)なんかはLPの方が本物にそっくりだと思えることがよくある。」

Murphy:「CDと違って、LPレコードはノイズが出るだろう。」

D:「確かにそのとおり。でも、あまり気にならないよ。レコード盤の状態によるけどね。今のCDは出始めた頃に比べてずいぶん音がよくなった。最新のリマスター盤なんか驚くほど改善された。もうどっちがいいとか悪いとかの話じゃなくて、それぞれに良さがあるわけで、これからも共存していってほしい。

ところで、その夜、主人はジャズヴォーカルをかけていた。このアルバムはCDだけど、音質が素晴らしかった。演奏内容も申し分なし。びっくりするほど深みのある声だった。」

M:「誰のアルバム?」

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D:「あまり有名な人ではなさそうだ。白人の女性ヴォーカリストで、キャロル・スローン(Carol Sloane)という人。アルバムタイトルは、Dearest Duke。2007年1月の録音。Arborsレーベルから2007年6月にリリースされたらしい。伴奏はシンプルで、Ken Peplowski(テナーサックス、クラリネット)とBrad Hatfield(ピアノ)の二人。曲目は、すべてエリントンナンバーばかり。」

M:「そういえば、Djangoくんもご主人の影響をうけて、デューク・エリントンが好きだったね。」

D:「うちの主人が言うには、キャロル・スローンは、エラ・フィッツジェラルドの亡き後、本当のプロフェッショナルとして玄人好みの貴重なジャズ歌手だって。穏やかに語りかけるその歌声は、大人の成熟した女性ならではの説得力を持つ。若い頃からずっとデューク・エリントンにあこがれ、エリントンナンバーをライフワークとして歌ってきた人ならではの深みをもった歌声だ。ボクは、1曲目のSophisticated Ladyが始まった瞬間から、自分の耳がピクッと震えてしまった。ああ、この曲はこういう歌い方でなければ!と思った。半音階での移行を伴う複雑なメロディーラインは、キャロル・スローンのような熟達した歌い手でないと、曲の心を決して表現することは出来ない。

2曲目のSolitude。これがまた素晴らしい。周りが静まりかえった夜に聴く歌だ。Peplowskiのサックスが寄り添い、Hatfieldのピアノが丁寧に控えめに奏でる。もっとも上質なジャズが流れる時間だ。Sophisticated LadySolitudeはボクの最も好きな曲。本物が歌うと曲の魅力が一層高まる。主人は、このアルバム、2007年度の最高のジャズヴォーカルアルバムではないかと言っていた。ボクも同感だ。」

第72回 不滅のジャズ名曲-その72-イン・ア・センチメンタルムード(In A Sentimental Mood)

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デューク・エリントン・ソングブック

Django:「エリントンは実に多くの名曲を残しており、これまで選んだ曲は、ほんのわずか。これからもっと採り上げたいと思うけど、誰もが知っている有名曲で、まだ掲載していない曲の一つが、イン・ア・センチメンタルムード(In A Sentimental Mood)。この曲は、デューク・エリントン・オーケストラが1935年にBrunswick labelに吹き込んだヒット曲。その後、ベニー・グッドマンも演奏し有名曲となった。その後、現在に至るまで、実に多くのジャズ・プレイヤーに演奏され、この曲を吹き込んだヴォーカリストも多い。そうしたなかで、この曲の名演をひとつだけ選ぶとすれば、ボクはやはり、エラ・フィッツジェラルドのソングブック・シリーズのなかで吹き込まれたものが忘れられないね。」

Murphy:「ジャズ入門者のボクでも知っている有名曲だね。ゆったりとしたバラードでああジャズだ!と思わせる独特の雰囲気を持っている。それにしても、Djangoくんにソングブック・シリーズを教えてもらって思ったんだけど、エラ・フィッツジェラルドってよくこれだけ多くの曲を歌ってきたものだと感心するね。」

D:「エラのソングブックシリーズは、ジャズヴォーカル界の金字塔ともいえる名作だ。Verveのノーマン・グランツとの出会いにより、前人未到のソングブック・シリーズが出来上がったのだから二人とも凄いね。でも、その中で、ボクが最高傑作だと思っているアルバムは、やはりエリントンのソングブック。これはもう人類の宝と言っても過言ではない。

このアルバムは、エラの伴奏を、エリントン楽団自らが演奏しているからすばらしい。それと、曲ごとに、オーケストラ演奏、コンボ演奏、さらにバーニー・ケッセルのギター一本、あるいはオスカー・ピーターソンのピアノによるシンプルな伴奏も含まれており実に多彩な内容だ。エラとエリントンの引き合わせをノーマン・グランツが企てたのだから、まさに名プロデューサーである。」

M:「なるほど、ノーマングランツだから出来たことか。」

D:「エリントンの曲はいずれエラという第一級の歌手が歌う運命にあったのだ思うと、このソングブック集は感慨深いものがある。実は、エリントンの曲のなかで、ソリチュード(Solitude)は、ピアノかギターのシンプルな伴奏が最もこの歌曲の美しさを発揮すると思っていたんだけど、まさにここでは、バーニー・ケッセルのギター一本による歌伴で実現された。他に、アズール(Azure)と今回採り上げたイン・ア・センチメンタルムード(In A Sentimental Mood)も同様だ。でもギター一本で歌える人なんて、ジャズヴォーカリスト多しといえども、そうはいないわけで、エラはまさに適役といえる。

それと、エリントンの片腕、ビリー・ストレイホーンの名作ラッシュライフ(Lash Life)を、オスカー・ピーターソンとのデュオで吹き込んでいるから、これまた貴重な永久保存版ともいえる演奏だ。」

M:「ぼくもジャズのことが少しわかってきたような気がする。改めて聞くけど、ジャズで最も大事なことはなに?」

D:「歌うということ、どんなアドリブ演奏でも結局は歌うということだと思う。実際、すぐれたジャズの名手は、みんな歌いながら演奏している。」

第68回 不滅のジャズ名曲-その68-ムード・インディゴ(Mood Indigo)

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Masterpieces by Ellington

Murphy:「デューク・エリントン(Duke Ellington)はアルバムが多くて何から聴いてよいかわからない。Djangoくんは、以前からエリントンが特に好きだといっていたので、ボクも少し興味を持ったんだけど、何から聴けばいい?」

Django:「確かに、エリントンのアルバムの数は多いね。その中でも、いわゆるベストアルバムというコンピレーションものが特に多いから、なおさらどれを選んでいいかわからなくなっている。それと、CDショップの店頭では、案外数が少ないのが現状だと思う。だいたいビッグバンドは、売れないという先入観があるからね。」

M:「デューク・エリントンのアルバムはLP時代でもあまり売れなかったの?」

D:「日本ではそうだったみたい。だから今でも、ベスト盤ばかりが店頭に並んでいるんだ。Murphyくんがもしこの機会にエリントンを聴いてみたいと思うなら、せっかくだからベスト盤を買わずにオリジナル盤の方を薦めるよ。」

M:「どうして?」

D:「ぼくも最初はベスト盤を買った。最近でも買うことがあるけど、やはりエリントンの場合は、特にLP時代のものは、一つのアルバムごとにコンセプトが異なり、そのまとまりがはっきりしているから、是非各時代ごとの名アルバムを購入してほしいね。エリントンの音楽は、一枚のLPのなかでの曲の配列も十分に意識した構成になっているものが多く、一言でいえば一枚のLPが組曲というふうに見立てることができる。だから、当時のLPをCD化したものを聴けば、その時代ごとの音楽の特徴がよくわかるし、それが大変おもしろい。」

M:「エリントンは、同じ曲を何回も吹き込んだと聞いているけど、実際にはどの程度なの?」

D:「ほとんどの曲は、再録音しているし、その度にガラッと変わるから興味深いね。例えば、ビリー・ストレイホーン作曲のA列車で行こうは、1941年が初吹き込みで、その後何度か録音し、1966年には、ビリーの追悼盤として録音したこの曲を、後でRCAが、ポピュラー・デューク・エリントンというアルバムに収録している。1941年盤はレイ・ナンス(tp)のソロをフィーチャーしたまさに古典的名演だし、1966年盤は、クーティ・ウィリアムス(tp)が豪快なプレイを見せ、どちらも意味があるんだ。

今回Murphyくんに是非聴いてほしいアルバムがあるんだけど、それは、エリントンのCBS時代に、従来の3分程度しか収録できなかったSPレコードから、一挙に十数分もの長時間収録が可能なLPレコードが出現したころにリリースされたもので、Masterpieces by Ellington(1951,52年)という記念すべきアルバム。もちろん、今はCD化されているんだけど、2004年にColumbia Legacyシリーズとして発売されたもの(輸入版)は、音質が飛躍的に改善され本当に素晴らしい。RCA盤は、CD化されてもどうも音質が今ひとつなんだけど、このColumbia Legacyシリーズは、どのアルバムも大変バランスのいい音がする。

なぜ、音質にこだわるかと言えば、エリントンの音楽は色彩の魔術師といわれるほど、そのサウンドが素晴らしく、アルバムの音質が非常に大切だから。このアルバムは、オリジナルは4曲で、3曲はボーナストラック。オリジナルの4曲は、いずれも長時間演奏で、1曲目のムード・インディゴ(Mood Indigo)は、15分余の長時間演奏。他に、ソフィスティケイテッド・レディ(Sophisticated Lady)、前回採り上げたソリチュード(Solitude)も含まれ、いずれもボクは傑作だと思っている。

ムード・インディゴは、インディゴ・ブルーという色彩をテーマとしたトーン・ポエムといえるもので、クラシックのドビュッシーやラヴェルに匹敵する名曲だ。1945年のRCA盤もいいけど、このCBS盤は録音の優れている点が、よりこの演奏を魅力的なものにしている。ジャズファンはもとよりクラシックファンにもぜひ聴いてほしい演奏だね。色彩豊かなサウンドが刻一刻とキャンバスのトーンを微妙に変化させ、その色は深みを持ち、見事な造形作品に仕立て上げられている。あの武満徹氏が、エリントンに憧れたことも、なるほどと思わせる曲であり、ジャズそのものでありながら、ジャズを超えて、音楽として今も生き続けているといつも思っている。ムード・インディゴを含む先程あげた3曲は、ジャンルを通り越して、ボクの最も好きな曲です。話が長くなったのでこのへんで中断します。」

第67回 不滅のジャズ名曲-その67-ソリチュード(Solitude)

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デューク・エリントン・ソングブック

Django:「今年は、エラ・フィッツジェラルド生誕90周年ということで、6月にユニヴァーサルから一挙にエラのアルバムが11タイトル限定版でリリースされた。そのなかには、Verve時代の作曲家別のソングブックシリーズも含まれている。コール・ポーター、ガーシュイン、ロジャース&ハート、アーヴィング・バーリン、ハロルド・アーレン、ジェローム・カーン、それにエリントンなど、もうこれだけでほとんどのジャズの名曲が揃ってしまうほどの、20世紀のアメリカを代表するソング集だ。」

Murphy:「すべて、エラ・フィッツジェラルドが歌っているの?」

D:「そのとおり。これだけの珠玉の名曲を作曲家別にシリーズ化して、すべて歌える人は、おそらくエラ・フィッツジェラルドを除いて他にはいないだろうな。」

M:「エラ・フィッツジェラルドは以前にもDjangoくんに紹介してもらって、サッチモとのデュオアルバムや、1954年に吹き込んだエリス・ラーキンスのピアノ伴奏による「ソングス・イン・ア・メロウ・ムード」というアルバムを買ったんだけど、そのときの印象は、ボクのようなジャズヴォーカルの素人でも抵抗なく聴けて、けっこう好印象を持ったことを覚えている。他のアルバムでもそうなの?」

D:「エラは、おそらくどのアルバムを聴いても満足すると思うよ。Murphyくんのようなジャズ・ヴォーカルの入門者にこそ聴いてもらいたいアルバムだね。エラの魅力っていうのは、やはりグラミー賞13回受賞が物語るように、すばらしい歌唱力にあると思うね。自然で変なくせがなく、のびのびと歌っているし、声量は豊かだし、その余裕というのは、すごいものがある。抜群の安定感で突き進むグルーブ感、バラードにみられる抒情感、アップテンポの曲での、スピードに乗ったスイング感など、どれも最高だ。

今回は、ソングブック集のなかでも特に傑出したアルバムである、デューク・エリントン・ソングブックを紹介したい。6月6日にユニヴァーサルから再発売されたこのアルバムは3枚組で、チェルシー・ブリッジのリハーサルも入っている。エリントンの曲は、音程が正確でないと、原曲の持ち味を十分生かしきれないんだけど、エラは本当にエリントンナンバーを歌う最適なシンガーだ。

このアルバムのなかから、今回の不滅のジャズ名曲として一曲だけ選ぶのは、大変むずかしけど、しいてあげれば、ソリチュード(Solitide)かな。この曲は、1934年に発表されたスローバラードで、色彩感溢れる叙情詩は、聴けば聴くほど魅力が高まる曲だね。でも、エリントンの名曲は他にもそれこそ数多くの優れたものがあり、このアルバムに収録された全曲がまさに不滅のジャズ名曲だといえる。」

ジャンゴのエリントン・ノート -その1-

デューク・エリントン。偉大な作曲家、ピアニスト、アレンジャー、楽団経営者、音楽プロデューサー、その肩書きは一言では言い表せない。自分が今、最も関心の高い音楽家であることは間違いない。

いい音楽を聴くといつまでも心に残る。ジャズもそうだ。でも、案外ジャズは普段生活の中で、いつまでもそのサウンドが頭の中で鳴り響くことは少ない。直接その音楽に接しているときだけ、ジャズを味わい、終わるとサウンドそのものはすぐに消えていく。言ってみればジャズは、瞬間の音楽であり、聴き手は演奏者のアドリブをリアルに追いかけていくのが醍醐味だ。聴いた後いつまでもそのサウンドが思い出され心に響くことは少ない。

しかし例外もある。二人の音楽家。一人はチャーリー・パーカー。何回も聴いているとアドリブフレーズの断片が記憶に残る。でも、パーカーは風のようだ。スーっと消えていく。いま掴んだと思ったら手の中には空気だけが残る。だからまた聴こうとする。何回聴いても聴きあきない。形になって残らないから聴くたびに新鮮だ。

もう一人は、デューク・エリントン。パーカーと違って、聴き終わった後いつまでも残る。頭のなかでそのサウンドが鳴り響く。オーケストラのサウンドの断片が思い出される。例えば、1957年にエリントンがシェイクスピアを読んで深く感動し、そのインスピレーションから書き上げた、Such Sweet Thunderという曲。これを聴いた後、いつまでも頭の中で鳴り響いた。ある特定の楽器が思い出されるのではなく、オーケストラのサウンド全体がいつも思い出される。

エリントンの音楽は、メロディがどうの、ハーモニーがどうの、リズムがどうのというように、分解してその特質が語られてきた。そうしないと説明がつかないからだ。エリントンのような複雑な音楽は、その特異性を指摘する上では、さまざまなアプローチから分析しなければ実態に迫ることはむずかしい。そのことはよくわかっている。自分でもいつかそういった理論を調べてみたい。でも、今はこの不思議なエリントン音楽をひたすら味わい続けたいと思う。エリントンの音楽は、ずいぶん複雑で不思議な音楽に聴こえるが、自分ではきわめて具体的でわかりやすい音楽だと思っている。もちろん聴き始めた頃は、さっぱりわからなかった。でも、聴き続けると、これほど魅力的な音楽は、そうは世の中にないと思うようになった。いやこれはクラシックの分野を含めてもである。つまり、20世紀のあらゆる音楽のなかでも、エリントン音楽は最も魅力的な音楽の一つであると思っている。しかもその音楽は、きわめて絵画的である。エリントン音楽の持つ特異なサウンド・テクスチェアは、キャンバスに描かれた絶妙な色彩を味わうときのイメージに近い。だから、エリントンの音楽は、絵画のようにいつもそのサウンドの断片が思い出される。

ジャンゴのエリントン・ノートは、今後こちらの新しいBlogに掲載していきます。

第52回 不滅のジャズ名曲-その52-ザ・スター・クロスド・ラヴァーズ(The Star-Crossed Lovers)

Murphy:「エリントンは作曲家としての評価が高いけど、ボクはまだよくわからない。20世紀の最も優れた作曲家の一人だといわれているけど、今回はDjangoくんに是非そのあたりのことを具体的に話してほしい。」

Django:「エリントンの作曲家としての実力を示す一枚のアルバムを紹介しよう。サッチ・スイート・サンダー(Such Sweet Thunder)という1957年にCBSからリリースされたアルバム。このアルバムは、カナダのストラトフォードで開催されたシェイクスピア・フェスティバルのために、エリントンがビリー・ストレイホーンとともに書き下ろした組曲。この大作は、エリントンがシェイクスピアの全作品を読んで感動し、オセロ、ハムレット、ロミオとジュリエットなど数作品からのインスピレーションにもとづき作曲したといわれている。」

M:「シェイクスピアを題材としたその曲は、やっぱりジャズなの?」

D:「もちろんジャズ。でも、ジャズという枠を超えている。このアルバムのなかに、ロミオとジュリエットからインスパイアーされたザ・スター・クロスド・ラヴァーズ(The Star-Crossed Lovers)という曲が入っているんだけど、ボクはこれを聴いた時、こんなに美しい曲が世の中にあったのか、と驚いた。もはやジャズという狭い枠を超えて、広く音楽としてわれわれに深く訴えかけてくる。この曲を含む12曲がオリジナルLPに収録され、あたかもクラシック音楽の組曲を聴くように仕立て上げられている。エリントンとストレイホーンのコラボレーションにより出来上がったこの組曲は、エリントン音楽特有のユニークなメロディーライン、構図のおもしろさ、色彩豊かなハーモニーを持っており、エリントン音楽の素晴らしさの一端を味わうことができる。」

M:「エリントン音楽が、色彩豊かな音楽であると感じられるのは、どのあたりからそう思うの?」

D:「エリントン音楽はものすごく個性的だと思う。メロディもさることながらハーモニーが独特で、普通じゃない。ある種の響きの実験ともいえる曲が多い。わかりやすくて歌いやすく覚えやすいというタイプの曲ではない。絵具に例えると、明快で単調な色合いではなく、複数の色をブレンドした深みを持ったトーンを作り上げている。色彩感が豊かで絵画的な印象を持つエリントン音楽は、そういった意味ではドビュッシーやラヴェルに近いタイプの音楽だともいえる。でもエリントン音楽はジャズであり、スイング感やビートを持ち合わせているので、クラシック分野の音楽とは全く異なる。でも、もしクラシック音楽が好きで、特にドビュッシーなどのフランス音楽を好む人であれば、きっとエリントン音楽に魅力を感じると思う。しかし、それにしても、エリントン楽団はどうしてこんなにユニークなサウンドが出せるのか…。エリントン・マジック、実に不思議だ。」

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Such Sweet Thunder / Duke Ellington & His Orchestra 1957

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