第51回 不滅のジャズ名曲-その51-ソフィスティケイテッド・レディ(Sophisticated Lady)

Murphy:「デューク・エリントンのライブアルバムを聴いてみようと思うんだけど、最初に聴くには何がいい? できれば音質のよいアルバムの方がいいんだけど。」

Django:「それなら、1956年のニューポート・ジャズ・フェスティバルでのライブ録音版で、アルバムタイトルが、Ellington At Newport 1956という2枚組のCDがいいね。」

M:「1956年のライブ録音といえば、音質が悪いんじゃないの。ステレオじゃなくモノラル録音だろう?」

D:「いや、それがステレオ録音なんだ。実際にはCBSがモノラルでライブレコーディングしたもので、当時発売されたLPはモノラルだった。しかし、1999年にリリースされたCDは、ステレオで登場した。」

M:「ということは、人工的にステレオ化したの?」

D:「人工的といえばそうなんだけど、昔LP時代に一時流行った人工ステレオではない。実は、フェスティバル当時、CBSはモノラルで録音したんだけど、もう一つ、Voice Of Americaが、別にマイクを設定して放送用に録音していた。当然マイクのセッティング位置が異なるので、この二つのマスターテープを合わせればステレオになるという原理を活用して、待望のステレオバージョンを作成した。もちろんデジタルで細かなピッチ調整を行い、二つのテープの整合性も完璧にしてある。」

M:「でも、音質はどうなの?」

D:「1956年だからそれほどたいした音ではないと思うかも知れないけど、実際にこのCDを聴いてみると、驚くほど音がいい。最新録音と比べても全く遜色ないレベルだね。会場での熱気がひしひしと伝わってくる。」

M:「ニューポートってアメリカのどこにあるの?」

D:「NYからボストン方面、つまり北に向かって4〜5時間行ったところ。コネチカット州とマサチューセッツ州に挟まれたロード・アイランド州に位置する。ニューポートは全米でも有数の高級避暑地として昔から有名。このジャズフェスティバルは、1954年から始まった。」

M:「1956年と言えば、エリントン楽団の演奏も戦前と比べ、随分変わったの?」

D:「50年代の半ばだから、モダンジャズ期に入り、ハードバップ全盛時代を迎える。当時、まわりを見渡せば、ジャズはコンボ中心のモダンジャズが大変な勢いで躍進し、モダン以前のスイング・スタイルのビッグバンドは、少々古く感じられるようになった。しかしエリントンは、50年代のバップ全盛時代を迎えるとウィリー・クック(tp)、クラーク・テリー(tp)、ポール・ゴンザルヴェス(ts)、ルイ・ベルソン(ds)などのモダン奏者を擁して、新たなサウンドを展開していく。その50年代のモダンなエリントン楽団が、このニューポートに登場し、会場を熱気の渦に巻き込んだ。そして1956年のニューポート・ジャズ・フェスティバルで、エリントンは大成功をおさめ、これを契機にモダン・ジャズを飲み込む勢いて第2の黄金期を確立した。」

M:「へえー、そういう意味では、このニューポート・ジャズ・フェスティバルはエリントンにとって大きな出来事だったんだね。」

D:「この2枚組CDは、おそらくモダンジャズを聴き慣れている人にとっても、全く抵抗なく受け入れられるだろうし、改めてエリントンの素晴らしさが実感できるのではないかと思う。このコンプリート版では、黒と茶の幻想(Black And Tan Fantasy)を始めとするコットンクラブ時代のヒット曲をはじめ、A列車で行こう(Take The A Train)ソフィスティケイテッド・レディ(Sophisticated Lady)など、クラシック・エリントンの名曲を存分に味わうことができるし、当夜のハイライトはDiminuendo In Blue And Crescendo In Blueで、ポール・ゴンザルヴェスの伝説の27コーラスのソロを含む、14分以上におよぶ熱演が聴ける。 ところで、ソフィスティケイテッド・レディは、エリントンによる1933年の作曲で、ブロードウェイのヒットミュージカルのタイトルにもなった曲で、ミシェル・パリッシュが歌詞を書いた。いずれにしてもライブならでは熱気が伝わるこのアルバムは、決定的名盤といえる内容だ。」

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Ellington At Newport 1956[Double CD] [Live]

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第48回 不滅のジャズ名曲-その48-A列車で行こう(Take the ‘A’ Train)

Murphy:「Djangoくん、今回はデューク・エリントン(Duke Ellington)について教えてほしいんだけど。CDもたくさん出ているようだし、どれから聴けばよいのか、さっぱりわからないんだ。以前に2〜3枚CDを買ったことはあるんだけど、どちらかといえばあまりピンとこなかったようだね。」

Django:「デューク・エリントン(Duke Ellington)入門には、古い年代から順を追って聴いていくのが一番。とにかく一枚目は中途半端に選ばない方がいい。」

Duke Ellington



M:「古い年代というといつ頃なの? まさか戦前からって言うんではないだろうね。」

D:「もちろん戦前からだよ。」

M:「ということは、1930年代ぐらい?」

D:「オーケー(Okeh)レコードに吹き込んだ頃だから、1927年。その頃から聴く方がいい。Murphyくんは、この間からニューオリンズ・ジャズも聴き始めただろう?」

M:「あれから、けっこう聴いているね。」

D:「それならそろそろデューク・エリントンを聴き始めればいい。エリントンを聴く前に、まず最初は、ニューオリンズ・ジャズに親しむ。そのあと、ニューオリンズ・ジャズを聴き慣れた耳で、デューク・エリントンの1920年代の録音から聴き始める。その後、順を追って30年代から40年代、そして戦後の1940年代後半から50年代、60年代へと聴いていくのが一番いい。とにかくニューオリンズ・ジャズに親しむこと。そして耳が少し慣れてきたときに、デューク・エリントンを聴くと、それはもう新鮮そのものに聴こえてくる。その感覚が、1930年ごろの当時の人たちがエリントン楽団に抱いたものに近い。

デューク・エリントン楽団も、最初はニューオリンズ・ジャズをベースにしている。しかし、単なるニューオリンズ・ジャズのコピーではない。そこを出発点とし、それらのイディオムを活用して、新しいことを試みようとした。言葉のなかには、擬態語や擬声語というのがあるけど、そういった新しい言葉の表現も彼らのサウンドに存分に織り込んだ。古いニューオリンズのイディオムを基本に、いわばそれらを絵具とし、さまざまな色の絵具を組み合わせて、素晴らしい色彩豊かな絵に仕立て上げるというのが、ボクのエリントンに対するイメージだ。エリントン楽団は、個人のスタープレーヤーに頼ることなく、楽団員全員が集団でこのバンド独自の音楽を作り上げていく。個人の自発的なアドリブ演奏に依存しすぎず、個々の楽器のサウンドをブレンドしていく手法を用いた。ミュートトランペット、クラリネット、トロンボーン、サックスなどが対立せず融合して、新しいサウンドを作り出す。

1930年頃から年代順に聴いていくとそのあたりのエリントンならではの独自の手法が手に取るように本当によくわかる。エリントンがどうしてこれだけの名声を得たか? その答えは、1930年代の演奏を聴けばきっと謎が解けるだろう。エリントン楽団の演奏は、それぞれの曲ごとにイメージが異なり、個性豊かなので、聴き続けても退屈しない。実にバラエティー豊かな数多くの名曲を作曲した。新しいアイデアや曲想が、年代順に次々と表出される。ニューオリンズ・ジャズが自然発生的でしかも自由に変形しながら発展してきたのに対し、エリントン楽団の音楽は、きわめて造形的で、いわばエリントンというデザイナーにより、全く新たな独自のジャズサウンドに生まれ変わった。それと、ニューオリンズ・ジャズを聴いてこの30年代当時のエリントン楽団を聴くと、7人編成のニューオリンズバンドからビッグバンドへの移行が、ごく自然に感じられる。というのは、当時のビッグバンドは、12名程度の編成であり、バンジョーも入っており、オリジナル・ニューオリンズ・ジャズバンドの発展型であったとも思えてくる。

The Duke: The Columbia Years 1927-1962というCD3枚組のボックスセットが、米国SONYレーベルから2004年にリリースされたが、そのアルバムを最初から順を追って聴いたとき、改めてエリントン楽団の素晴らしさがわかったように思った。もちろんこれまでに断片的にエリントンのアルバムを聴いてきたが、年代順に聴いたのはこれが最初だった。それまではどちらかといえば、60年代以降のアルバムを中心に聴くことが多かった。ところが、このボックスセットで初めて体系的に戦前の演奏を聴いてみて驚き、これは戦前の30年代当時から最高のオーケストラだと思った。CD3枚もあれば、連続して聴き続けるのは普通はかなり苦しいが、このボックスセットは、退屈するどころか、どの曲も新鮮で、1曲終わればまた1曲聴きたくなるという風に、気がつけば一気に全部聴いてしまったぐらい、惹きつけられた。」

M:「戦前のアルバムは録音が古くて聴くに耐えられないと思っていたけど。でも、Djangoくんの話を聞くと、音質もそんなに悪くなさそうだね。それよりもまず演奏内容面で価値があるということか。どうせ聴くならステレオ録音の方がいいと思って、なるべく新しい年代のアルバムを選ぼうかと実は内心思っていた。」

D:「戦前の録音といっても、やはりそこはCBS。メジャーレーベルのなかでも、トップレーベルだけあって1930年代の吹き込みでも、十分鑑賞に耐えられる音質だよ。もちろん、モノラルだけど。」

M:「エリントンといえばA列車で行こう(Take The ‘A’ Train)が有名だね。」

D:「もちろんこの曲もボックス・セットに収録されている。1952年録音で、実力派女性シンガー、ベティ・ローシェ(Betty Roche)が歌っている。この曲は、B. Strayhornの作曲。A列車で行こうはエリントン楽団のテーマ曲で余りにも有名だが、A列車とは、NYのブルックリン東地区からハーレム経由、マンハッタン北部行きの地下鉄のこと。1941年の初演、ベン・ウェブスター(ts)版が極めつけだが、こちらの52年版も、ベティー・ローシェのスキャット付きヴォーカルが入るロングバージョンで、甲乙付け難い名演だ。他にこのアルバムには、The Mooche(1928)In A Sentimental Mood(1935)など、代表的なエリントン・ナンバーが数多く入っているが、そのなかでも名曲、スイングしなけりゃ意味がない(It Don’t Mean A Thing)は、戦前のエリントン楽団の名シンガー、アイヴィ・アンダーソン(Ivie Anderson)が歌っており、ぜひこのBoxSetに収録されている1932年当時の録音でこの曲を聴いてほしいね。とにかくこのセットは価値ある愛蔵版だ。」

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The Duke Ellington / Duke: The Columbia Years 1927-1962 Box Set(CD3枚組)U.S. Sony

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