第40回 不滅のジャズ名曲-その40-ミスティ(Misty)

Django:「40回目ということで、今回はとっておきのジャズ・ヴォーカル・アルバムを紹介しよう。このアルバムは、意外に知られていないんだ。」

Murphy:「白人女性歌手で、さりげなく自然に歌っていながら、それでいてジャズ・フィーリングが豊かな人の方が、ボクはいいんだけど。」

D:「Murphyくんの好みはわかっているよ。ジューン・クリスティ(June Christy)がまさにそのとおりだ。もともと、スタン・ケントン楽団で歌っていただけあって、歌の実力は相当なもの。歌い方に変なクセがなく、聴きやすい。そうかといって、一般のポピュラー歌手とは違って、自然なジャズ・フィーリングが備わっている。」

M:「スタン・ケントン楽団っていえば、クリス・コナーもそうじゃなかった?」

D:「そのとおり。クリス・コナーの先輩格に当たる人。この二人はともに白人知性派ジャズ・シンガーともいわれていた。以前にクリス・コナーを採り上げたときに、いずれ、ジューン・クリスティも紹介しようと思っていた。今回は、ジャズの名曲中の名曲といわれる、エロール・ガーナー(1921〜77)が1954年に作曲した、ミスティが収録されているアルバムをおすすめしたいね。しかも、クリスティは、この曲を、アル・ヴィオラ(Al Viola)のクラシックギターの伴奏だけで歌っている。」

M:「それはよさそうだ。しかも曲がミスティだからね。」

D:「この曲、飛行機の機内で聴けばいっそう雰囲気が出るよ。」

M:「機内?」

D:「この曲は、有名な話なんだけど、エロール・ガーナーが、ニューヨークからシカゴに行く飛行機の中で、窓から霧深い情景を眺めていて浮かんだメロディーをもとに作曲したらしい。」

M:「ところで、アル・ヴィオラってどういう人?」

D:「アル・ヴィオラは、1919年NYブルックリン生まれのジャズ・ギタリストで、幼少の頃からギターを始め、チャーリー・クリスチャンに傾倒してプロになった。クラシックギターでも演奏し、特に歌伴では定評のある人。歌伴のうまい人は、ピアノでもギターでもそうなんだけど、本当に実力のある人。名脇役っていうのは、相手の気持ちを汲み取りながら、そのシンガーの実力を引き出し、いかに歌いやすくサポートしていくかという点で抜きん出ている人だから。」

M:「録音は相当古いの?」

D:「いや、1962年だからまだ比較的新しいよ。」

M:「62年で新しいって! 録音悪そうだな。」

D:「ジャズを聴いているものにとって、1962年っていうのは、そんなに古くない。ここでちょっとオーディオの話をしておくと、50年代末から、ステレオ録音になり、録音技術は完成域に入っている。ある意味では、今の時代を基準に考えても、この時代は、相当音質の優れた時代であったと言える。こと、録音技術に関しては、50年代後半から60年代中頃までが、ある意味で黄金時代。真空管マイクロフォン、真空管アンプを使用し、テープレコーダー技術も相当なレベルに達していた。オーディオに全精力が傾けられていた時代だね。」

M:「そうか。そういえばブルーノートの名録音もその時代だ。」

D:「ところで、話を戻すと、ジューン・クリスティのアルバムのタイトルは、ジ・インティメイト・ミス・クリスティ(The Intimate Miss Christy)聴きやすくて、センスがよく、しかも本格的なジャズ・フィーリングに溢れたこのアルバムは、広くジャズ・ヴォーカル入門の方にもお薦めします。ギター1本、あるいはフルートとギターの伴奏だけで、ジャズを歌える人は、そう多くはない。相当な実力シンガーでないとむずかしい。そんななかで、肩の力を抜いてさりげなく歌う、リラックスしたなかで、余裕を持って大人の歌を聴かせる、クリスティはそんなシンガーです。このアルバム、2006年9月Blue Note Records(U.S.)より再発売され、今なら購入可能です。」

 ◇◇◇

The Intimate Miss Christy/June Christy 1962

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第39回 不滅のジャズ名曲-その39-ムーンライト・セレナーデ(Moonlight Serenade)

Murphy:「映画スウィング・ガールズの影響がまだ残っていて、ビッグバンドをもう少し聴いてみようと思うんだけど。家にあるグレン・ミラーの古いアルバムは録音も古いし、新しい演奏でなにかおもしろいものってない? せっかくビッグバンドを聴くんだったら最新CDの方が録音もいいからな。」

Django:「録音は古くてもオリジナル演奏はやっぱり価値あるよ。」

M:「それは、わかっっているけど。」

D:「そういえば、昨年ルイス・ナッシュに会ったとき、2004年にグレン・ミラーとかカウント・ベイシーの有名曲を録音したって言ってたね。2004年は、二人の生誕100年目にあたり、それにちなんだアルバムが企画されたって。..確か、湯どうふ定食を食べていたときだ。」

M:「へえー、ルイス・ナッシュって、湯どうふ食べるの?」

D:「彼はベジタリアンで、大の日本食好きだよ。日本に来たときは、湯どうふとか鍋物をよく食べている。「ゆず」とかも知っているしね。」

M:「それで体力が持つの?」

D:「全然問題ないらしいね。その方がヘルシーだし。..ちょっと、話が脱線したので、もとに戻すと、ルイス・ナッシュが参加したそのアルバムは、スーパー・トロンボーン/ムーンライト・セレナーデ〜プレイズ・グレン・ミラー&カウント・ベイシーというタイトルで、普通の編成と違って、なんとトロンボーンが4人。それにピアノとベースとドラムスが加わり7人編成で演奏している。メンバーは、トロンボーンが、ジム・ピュー、コンラッド・ハーウィグ、デイヴ・バージェロン、デイヴ・テイラー(b.tb)。あと、ピアノがビル・メイズ、ベースがチップ・ジャクソン、それにルイス・ナッシュのドラムス。編曲があのデビッド・マシューズ。この顔ぶれをルイス・ナッシュから聞いて、次の日に買ったんだ。」

M:「曲目は?」

D:「Murphyくんの期待している曲が全部入っているよ。グレンミラー作曲した大ヒット曲ムーンライト・セレナーデ(Moonlight Serenade)、イン・ザ・ムード (In The Mood )、茶色の小瓶(Little Brown Jug )など、あと、ベイシーのヒット曲、ワン・オクロック・ジャンプ(One O’clock Jump)、ジャンピング・アット・ザ・ウッドサイド(Jumping At The Woodside)も入っている。小編成で、しかもトロンボーンが4人だから、かなりユニークでおもしろいサウンドだよ。ピアノのイントロに続き、スローテンポでトロンボーンがムーンライト・セレナーデのメロディを奏でるあたりはなかなかいいね。」

M:「サウンドはどんな感じ?」

D:「どの曲も、暖かみのある柔らかいトロンボーンのサウンドに対し、ルイスナッシュのドラムスがそれらを引き締め、素晴らしいコントラストを成している。編曲が秀逸だね。」

 ◇◇◇

Super Trombone:ムーンライト・セレナーデ~プレイズ・グレン・ミラー&カウント・ベイシー
【パーソネル】
ジム・ピュー(tb) コンラッド・ハーウィグ(tb) デイヴ・バージェロン(tb) デイヴ・テイラー(b.tb) ビル・メイズ(p) チップ・ジャクソン(b) ルイス・ナッシュ(ds) 2004
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第38回 不滅のジャズ名曲-その38-ソフト・ウインズ(Soft Winds)

Murphy:「北欧インテリアの、木質を生かしたシンプルでモダンなカフェがあるんだけど、今回はその空間にマッチする音楽をアドバイスしてくれる?」

Django:「北欧のインテリアっていうと、まず家具を思い浮かべるね。有名な"Yチェア"もそうだったかな。」

M:「そう、デンマークのアルネ・ヤコブセンがデザインしたもの。あと、セブンチェアも彼の代表作で、そのカフェで使っている。北欧家具は飽きのこないシンプルさと機能性を尊重してきたし、見た目の美しさと実用性が共存しているからボクも好きなんだ。それで、Djangoくん、どんな音楽がいい?」

D:「リラックスしたムードのなかで、温かみのある音楽かな。それこそ北欧のジャズを流せばいいんじゃない?」

M:「なるほど。北欧のジャズってどんな感じ?」

D:「スウェーデンは、とてもジャズが盛んで、生活に密着している。どちらかと言えば、泥臭くなく、上質で洗練されている。超絶技巧や迫力で圧倒する方じゃなく、じっくり聴かせるタイプ。北欧インテリアが素材を生かしたデザインを得意としているように、北欧ジャズもアコースティック楽器本来のサウンドを最大限生かしたものが多い。だから、リラックスして聴けるし、スインギーな演奏だ。特にジャズをいつも聴いていない人でも抵抗なく十分楽しめるよ。」

M:「ずいぶん前に採り上げたグループも北欧だったね。確か、スイート・ジャズ・トリオ。あれ本当に気に入ってるよ。コルネットとギターの組み合わせが抜群だった。」

D:「あのイメージだよ、北欧ジャズ。他に最新アルバムでいいのがたくさんある。ギターが入ると、リラックスできて、しかも聴きやすいし、空間イメージがずいぶん変わると思うね。今、一番おすすめしたいのは、スウェーデン生まれ(1959)のジャズ・ギタリスト、ウルフ・ワケーニウス(Ulf Wakenius)。オスカー・ピーターソンが、絶賛し、現代のスウェーデンで最も国際的な活躍をしている一人。実は、1997年からオスカー・ピーターソン・カルテットのレギュラー・メンバーでもある。これまでに何枚かアルバムを出しているんだけど、昨年(2006年6月)、イン・ザ・スピリット・オブ・オスカー(In the Spirit of Oscar)というグループを結成し、ケーク・ウォーク(Cake Walk)というファースト・アルバムをリリースした。さすがにオスカーの薫陶を受けただけあって、実によくスイングしている。収録曲は、オスカーの曲が多いんだけど、古い曲も入っている。例えば、ベニー・グッドマンの演奏で有名な、ソフト・ウインズ(Soft Winds)。」

M:「聞いたことないなあ? その曲。」

D:「あまり有名じゃない。でも、この曲、実は、チャーリー・クリスチャンが、グッドマンのバンドで演奏していた曲。そういった意味では、なかなか興味深いよ。フレッチャー・ヘンダーソンが作曲したともいわれている。まずアルバムの1曲目、"ケーキウォーク"を聴けば、Murphyくんもすぐに気に入ると思うな。」

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スウェーデンのジャズギタリスト、ウルフ・ワケーニウスの最新アルバム

ケークウォーク/イン・ザ・スピリット・オブ・オスカー Savvy 2006/06 Release

Cakewalk

第37回 不滅のジャズ名曲-その37-ハニサックル・ローズ(Honeysuckle Rose)

Murphy:「以前にビールバーの企画の件で依頼のあったプランナーが、また別件でDjangoくんに相談したいといってたんだけど。」

Django:「ああそうなの。」

M:「今度は、サントリー・バーで、音楽を変えてお店のイメージを一新したいらしい。そこで、なにか良いアイデアはないかと。他の店にはないユニークな音楽を考えているそうだ。」

D:「これまではどんなジャンルの音楽を流していたの?」

M:「50〜60年代のオールディーズ中心で、時たまヘレンメリルなんかのジャズボーカルをかけていたらしい。」

D:「客層は?」

M:「ビジネス街にあって、サラリーマン層が中心。30代〜50代で、女性客もけっこういるそうだ。」

D:「それで、店内のイメージは?」

M:「サントリー・バーだから、コの字型のカウンター中心。壁は木製のダークな色合いで、50年代のポップス系歌手のモノクロ写真なんかが飾ってある。プレスリーの人形も置いてある。」

D:「だいたいイメージできたよ。それでそのプランナーの希望は?」

M:「大人のムードなので、レトロなイメージは維持したい。でも今かかっているオールディーズは、新鮮味がないので、もっと他の店とは違うユニークな音楽がほしいということ。ジャズもいいんだけど少し重いので、もっと軽いものを求めている。店内の照明は暗めだけど、音楽は明るく軽快にしたい。本当は、ジャンゴなんかがいいらしいけど、既にビール・バーで提案してしまっているので、重複はさけたいとのこと。でも、ジャンゴのようなスイング感があればいいなあ、と言っていた。」

D:「そうかおよそ見当はついてきた。レトロな味わいで、懐かしくもあり、気軽にBGM的にも聴けて、ウキウキした気分にもなる。思いっきりスイングしている音楽だろう。そうかといってビッグ・バンドは派手すぎるし、モダンジャズは重くて、もっと明るいものが欲しいということだね。」

M:「そんな条件を満たすものってあるの?」

D:「ズバリ、"ファッツ・ウォーラー"だね。1920年代から40年代に活躍したスイング・ピアノの元祖。いわゆるトラディッショナル・ジャズ。おおらかにスイングし、楽しくてウキウキする音楽。彼は、道化師でもあり風来坊のように生き抜いた。でも、彼の一番優れた才能は、ピアノ演奏と作曲。生まれたのは1904年。スイング時代を代表する名ピアニストだ。しかも、コンボ・リーダーであり、名作曲家でもあった。Murphyくんも知っているカウント・ベイシーの初期の演奏は、ファッツそっくり。名ピアニスト、アート・テイタムも「ファッツこそ、私の出発点であった」と語っている。ストライド奏法を駆使するファッツのピアノ演奏が、その後のピアニストに与えた影響は計り知れないものがある。後の、ベイシー、エリントン、さらにはモンクなどにつながるフレーズのもとがある。左手のリズムのバネと跳躍感はすごいね。初めて聴いた時、二人で弾いているのかと思った。」

M:「それほどの人なら、けっこうジャズを聴いている人はみんな知ってるの?」

D:「いや、あまり知られていないね、残念だけど。」

M:「そうすると一般にはほとんど聴くチャンスはないということか。」

D:「どこの店にも流れていないから新鮮だぞ。この愉快な音楽は、空間イメージまで変えてしまうよ。サントリー・オールド・バーが、サントリー・ヴィンテージ・バーに変身!。これからの店舗のプランニングは、もっと音楽とインテリアが一体になって空間を演出しなければ。そのリアリティが大事なんだ。壁にかかっている額縁の写真も1930年代風に変えればさらによくなるよ。」

M:「これなら、ビール・バーでジャンゴの曲を提案したときと同じくらいインパクトがあるね。」

D:「ファッツ・ウォーラーのアルバムは、LP時代にはけっこう出ていたんだけど、CDに変わった当初はあまり出てこなかった。でも、最近は、少しずつ発売されるようになってきた。以前から度々採り上げているイギリスのJSPも、昨年10月ついにファッツの4枚組Boxセットをリリースした。音質は改善され格段によくなった。最大のヒット曲、"ハニサックル・ローズ(Honeysuckle Rose)"が1枚目の1曲目に入っている。この曲、実は以前に紹介したけど、ルイ・アームストロングもファッツのソングブック集"Satch Plays Fats"で吹き込んでいる。」

※参考文献 油井正一:「RCAジャズ栄光の巨人たち8 ファッツ・ウォーラー」LPレコード(RVC RMP−5108)付録ライナーノート,1978

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The Complete Recorded Works, Vol. 2: A Handful of Keys

イギリスJSP盤  2006/10 Release

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第36回 不滅のジャズ名曲-その36-シング・シング・シング(Sing Sing Sing)

Murphy:「Djangoくん、前回質問したことなんだけど、矢口監督の映画”スウィング・ガールズ”を見てビッグバンドに興味持ったんだ。それで本で調べたら、グレン・ミラーとかデューク・エリントン、ベニー・グッドマン、カウント・ベイシーなどいろいろ出てきて、どのアルバムから聴けばいいかよくわからない。アドバイスしてくれる?」
Django:「”スウィング・ガールズ”の影響だな。」
M:「このあいだも、CDショップに行ったんだけど、ジャズのコーナーのなかでどのへんにビッグバンドがおいてあるのかよくわからなかった。ようやく見つけたのがカウント・ベイシーとベニー・グッドマン。」
D:「以前は、ビッグバンドなどスイング時代のものは一まとめにおいてあったんだけど。最近は、特に区別なく単にABC順に並べてあるところが多いから、わかりにくいね。」
M:「うん。」
D:「まず、どの曲を聴きたいの?」
M:「シング・シング・シング」
D:「ああ、それなら紅井良男さんだね。」
M:「誰、それ」
D:「ベニー・グッドマン。グッドマンだから、日本語で”良男”だろ。」
M:「Djangoくんがかってにつけたの?その名前。」
D:「いや、以前からそういわれていた。ところで、”シング・シング・シング”について話すと、この曲は、トランペッターのルイ・プリマが1936年に作曲した。Benny Goodman Orchestra at the Stanley Theatre, Pittsburgh, Pennsylvania, 1936

その後、グッドマンが演奏し、大ヒットにつながった。この曲のグッドマン版は、スイング・ジャズのバイブルと言われるほど有名。以来ほとんどのバンドのレパートリーになっている。」
M:「じゃあ、ベニー・グッドマンのアルバムがいいの?」
D:「そう。やはりこの曲を聴くなら、ベニー・グッドマンだね。」
M:「やっぱりそうか。ある程度の検討はつけていたんだ。でも、ショップへ行くと、ベニー・グッドマンのCDは何枚かあって、どれがいいのかわからない。とりあえず、ベスト盤かなと思ったんだけど。ここは、Djangoくんにまず相談してと思い、買わずに引き上げたんだ。」
D:「ああ、よかった。ベスト盤を買わなくて。ベニー・グッドマンを選ぶなら、決定盤があるよ。録音は古いんだけど、1938年1月16日のライブ。」
M:「よく覚えているね。」
D:「ジャズ史上で最も重要な日の一つだから、忘れないね。実は、この日、クラシックの殿堂といわれるニューヨークのカーネギー・ホールで、異例のジャズコンサートが開催された。これがベニーグッドマンの伝説のコンサート。この夜の演奏を収録したアルバムが、”ベニー・グッドマン ライヴ・アット・カーネギー・ホール(Live at Canegie Hall -1938)”。ジャズ史に残る名盤だね。20世紀を代表するジャズのイベントともいわれている。」
M:「へえー、そんなに貴重なライブだったの?」
D:「そのとおり。この日は、ベニー・グッドマン楽団に加え、カウント・ベイシー楽団から、ベイシー(p)、レスター・ヤング(ts)、バック・クレイトン(tp)、フレディ・グリーン(g)などの蒼々たるメンバーが参加した。また、デューク・エリントン楽団からは、ジョニー・ホッジス(as)も。これは当時の最高のメンバーだ。」
M:「レスター・ヤングって聞いたことあるな。」
D:「レスターは、戦前(1945年まで)の演奏の方がはるかにいいよ。このアルバムの録音当時は、レスターの絶頂期。この日のプログラムは、グッドマン楽団の大編成ビッグバンドから、少人数のコンボ、さらに、ジャムセッションなど、実に多彩なプログラムが展開された。”ハニー・サークル・ローズ”というタイトルのジャム・セッションは、実に、16分余りの長時間にわたっている。これだけでも、このアルバムの価値はあるよ。まず、レスターがソロをとるんだけど、これがレスター本来の実力だね。さすがに素晴らしい。続いて、あのベイシーがソロ、以後白熱のライブが繰り広げられる。最高のリズム・ギタリスト、フレディ・グリーンのバッキングも聴ける。リズムセクションの心臓ともいうべき存在。せっかくMurphyくんが、スイング・ジャズに興味を持ったんだから、ベスト盤なんか買わずに、最初から最高の名演が収録されたこのライブ盤を選ぶべきだよ。どちらにせよ、グッドマンを追いかければ、ここに行き着くんだから。」
M:「そうか、すべてグッドマンのビッグバンドばかりでないんだ。コンボも入っているのか。」
D:「先ほどのジャムセッションを聴いてから、ビバップを聴けば、そのつながりが次第にわかってくる。ビバップの謎を解くには、このジャムセッションは必聴だよ。レスターは、後のビバップ派に多大な影響を与えたんだ。彼の演奏がそのインスピレーションの一つ。」
M:「そうか。Djangoくんの言いたかったことは、ビバップの謎を理解するには、その直前のスイング・ジャズを聴けばわかってくるということだね。」
D:「そのとおり。ジャズを聴くのにビバップからスタートするのもいいけど、やはりその前のスイング時代から聴くほうがはるかにおもしろい。ジャズをこれまで以上に楽しめるんだ。そういう意味で、ベニー・グッドマンの存在は大きいよ。彼の演奏もさることながら、その協演者たちが、後のビバップの引き金につながっている。例えばグッドマンのスモールコンボに参加していたチャーリー・クリスチャン。もうひとつのインスピレーションだね。」
M:「なるほど。最初は、”シング・シング・シング”だけでいいか、と思っていたんだけど。」
D:「もちろん、このカーネギー・ホールでのライブにも、”シング・シング・シング”は入っているから。他に、グッドマン楽団の十八番であるアヴァロン、その手はないよ、私の彼氏、ブルースカイズなど名曲がぎっしりつまっている。それにしても、ハリー・ジェイムス(tp)、バック・クレイトン(tp)、ジョニー・ホッジス(as)、ライオネル・ハンプトン(vib)、テディ・ウイルソン(p)など、当時のトップ・プレイヤーたちが、楽団の垣根を越えてこのライブに結集したのだからすごいよ。アメリカでは、1990年代から、スイングジャズが若者の間で流行しはじめ、今リバイバルしている。スイング・ジャズは理屈抜きに楽しめるからね。からだが自然にスイングしはじめる。そこが一番の魅力だよ。」
 ◇◇◇

ライヴ・アット・カーネギーホール1938 (完全版)
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第35回 不滅のジャズ名曲-その35-イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン(It’s Only a Paper Moon)

Murphy:「前回出てきた、ナット・キング・コールっていう人に興味を持ったんだけど。確か矢口史靖監督の映画"スウィング・ガールズ”のなかで、彼の歌が出てこなかった?」
Django:「そのとおり。映画のエンディングで流れていたのがナット・キング・コールの有名な歌で"ラブ(L-O-V-E)"っていう曲だよ。当時大ヒットした曲。」
M:「映画で歌っていたのも彼なの?」
D:「そう。ナット・キング・コールは、1950年代前半からのキャピトル(Capitol)の看板シンガーだった。でも、ジャズピアニストとしての力量も相当なもの。1956年にリリースされた"アフター・ミッドナイト(After Midnight)"というアルバムはまさにその名盤で、彼が一流のピアニストであったことがわかるよ。」
M:「そうか。てっきり歌手だと思っていたよ。ところで、映画スウィング・ガールズで流れていた"ラブ”っていう曲は、どのアルバムで聴けるの?」
D:「Murphyくん、映画を見てその曲をもう一度聴きたくなったのか。」
M:「そのとおり。それと、あとビッグ・バンドにも興味が出てきたよ。とりあえず、アルバムの方を教えて?」
D:「"L-O-V-E"という曲名がタイトルになっているアルバムは、東芝EMIから1992年にリリースされたものがある。でも、発売からずいぶん経過しているので、入手困難かもしれないね。他には、2005年にナット・キング・コールの没後40年を記念してイギリスEMIが編集したベスト盤がある。彼のキャピトル時代の代表曲が、ほとんど網羅されている。音質はこのアルバムが一番いい。但し、40年記念アルバムということで現在値段がちょっと割高になっている点が問題。それにこだわらなければ、2002年のリリースで東芝EMIから"ナット・キング・コール・ベスト"というアルバム。これもベストセラー曲をまとめたもの。このあたりから入ったらどう?」
M:「そうだね。その3つ目の国内盤は他にどんな曲が入っているの?」
D:「大ヒット曲、モナ・リザをはじめ、スターダストなども入っている。それに"ハロルド・アーレン(Harold Arlen)"が
1933年に作曲した有名なジャズ・スタンダード曲、"イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン(It’s Only a Paper Moon)"。この曲は前回紹介したマーカス・ロバーツも吹き込んでいる。」
M:「わかった。あの暖かみのある声が魅力だなあ。」
D:「ところで、言っておくけど、ナット・キング・コールはこれだけではないからね。先ほどあげた、"アフター・ミッドナイト(After Midnight)"も忘れるなよ。このアルバムにも、"イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン"が入っているんだから。」
 ◇◇◇

After Mid Night / Nat King Cole [Limited Edition] 東芝EMI 1956年録音
アフター・ミッドナイト
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Nat King Cole Best  東芝EMI 2002年リリース
ナット・キング・コール・ベスト

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The World of Nat King Cole 英EMI 2005年リリース
The World of Nat King ColeWorld_of_natkingcole_1

第34回 不滅のジャズ名曲-その34-イッツ・オールライト・ウイズ・ミー(It’s All Right With Me)

Django:「今回はピアノの話。」
Murphy:「ジャズピアノは、オスカー・ピーターソンとかビル・エバンスなどは何枚かアルバムを持っているんだけど。そのあたりの話題?」
D:「もっと新しい人。現役だよ。」
M:「若手ピアニスト?」
D:「そう。といってももう40を過ぎているけど。マーカス・ロバーツ、って知ってる?」
M:「知らないなあ。黒人のピアニスト?」
D:「そのとおり。マーカスは、1963年生まれ。フロリダ出身の盲目のピアニスト。1985年にウイントン・マルサリスのバンドに抜てきされた。デビュー当時ニューヨーク・タイムズは、20年来の逸材だと絶賛した。」
M:「へえー、そんな大物なの。マルサリスのバンドに入ったぐらいだからすごいね。」
D:「彼のリーダーアルバムを聴いて、”スタインウェイは、マーカスのためにあったのか!”と思ったね。」
M:「スタインウェイって、あのピアノメーカーのこと? それ、どういうこと?」
D:「ピアノは、自在に音色を変えられない。弦楽器のようにビブラートもかけられない。サックスのように細かな息づかいまで表現できない。本来自分の感情をダイレクトに伝えるには、ピアノは他の楽器に比べ、かなりの制約がある。ところが、優れたピアニストの手にかかると、こういった先入観が見事にくつがえされる。ひとたびスタインウェイがマーカスの手にわたると、ピアノが目覚めたかのように生き生きと反応しだし、雄弁に語りかける。息づかいや細かな感情までも伝わってくる。ピアノってここまで豊かに感情を表現できるのかと、驚いてしまう。」
M:「Djangoくん、マーカス・ロバーツ絶賛しているね。」
D:「マーカスをはじめて聴いたときの衝撃は今でも鮮明に覚えている。彼のピアノは、ラグタイム、ブルース、ニューオリンズスタイルにルーツを持ち伝統を継承しながらも、彼独自の新しいスタイルを打ち出している。左手の動きがきわめてユニーク。右手の歌うようなメロディーライン、語りかけるようなフレーズ、そして本物のブルースが飛び出してくる。まさにジャズなんだ。しかも、彼のピアノは、ジャズという狭い枠を飛び越え、クラシックのピアニストを含めてもこのレベルの人を見つけるのが困難なほど、音楽的にきわめて高度なレベルに到達している。」
M:「へえー、そんなにすごいのか。」
D:「ボクか感じたことは、彼の演奏はすべてアドリブにもかかわらず、クラシックの作曲家が一音たりとも妥協を許さず綴った楽譜と同じくらいのレベルに達していると思ったこと。それでいて曲の展開がまったく予測できないほど、スリリングで斬新。言葉がものすごく豊富だね。全くムダがない。かといって、堅苦しくもなく、きわめてリラックスした演奏。こちらが真剣に耳を澄ますほど、語りかけてくる音楽だ。Murphyくん、彼のアルバム、是非ヘッドフォンで聴くことだな。そうすると、初めて彼の気持ちが伝わってくるよ。」
M:「彼の演奏に集中して聴くということか。わかった。ヘッドフォンだと集中できるしね。」
D:「それと、ジャズファンだけでなく、広くクラシックファンにも、特にピアノを演奏している人にも教えてあげたいね。」
M:「アルバムは、どのくらいあるの?」
D:「おそらく30枚近くにのぼるかな。スコット・ジョップリン、ジェリー・ロール・モートン、ガーシュイン、コール・ポーター、セロニアス・モンク、デューク・エリントン、ナット・キング・コールなど、まさにジャズの歴史といえる多くの巨人たちの様々なスタイルと曲を採り上げている。重要なのは、マーカスのアルバムが、単にモダンジャズの狭い枠にとどまらずに、ブルース、ラグタイムからニューオリンズ、スイングなどを含む、実に広い過去のジャズ遺産を継承していること。今回は、数あるアルバムのなかで、比較的新しい2001年にリリースされた、”コール・アフター・ミッドナイト(Cole After Midnight)”を選んでおこう。マーカスだけは、1枚だけに絞り込むことは不可能だけど。このアルバムは、ピアノトリオで、”ナット・キング・コール”(下写真)の名曲(“コール・ポーター”の作曲を含む)をフィーチャーしたもの。Nat King Cole

その中の15曲目の”コール・ポーター”作曲の”イッツ・オールライト・ウイズ・ミー(It’s All Right With Me)”は、きっとMurphyくんも聞き覚えのある軽快な曲だよ。それから、イントロとエンディングの”Answer Me, My Love”は、実に深々とした演奏。この曲は知らずに聴くとクラシックの演奏家と思うかもしれない。」
M:「”イッツ・オールライト・ウイズ・ミー”、曲名は聞いたことあるな。確かオスカー・ピーターソンがよく演奏していなかった?」
D:「そのとおり、1953年のミュージカル”カン・カン”のナンバー。エラ・フィッツジェラルドの得意曲でもあるし、クリス・コナーも歌っている。それこそみんな知っている曲だね。」
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Cole After Midnight / Marcus Roberts Trio, Sony Music 2001
Marcus_coleaftermid Cole After Midnight

第33回 不滅のジャズ名曲-その33-聖者の行進(When The Saints Go Marching In)

Django:「Murphyくん、ニューオリンズ・ジャズで知っている曲は?」
Murphy:「ニューオリンズ・ジャズってディキシーランド・ジャズのことだろ?」
D:「そう。ディキシーランドというのは、アメリカ南部の州を指す通称だからね。」
M:「それなら知っているよ。だれでも知っている曲で、”聖者の行進”。」
D:「今回は、その曲を採り上げようと思うんだ。」
M:「へえー、こんなポピュラーな曲を? あまりにも知られすぎていて、面白くなさそうだけど。どうしてこんなものを採り上げるの?」Madam Begue's Restaurant, New Orleans, Louisiana

D:「おいおい、”聖者の行進”をバカにするなよ。Murphyくんは本場の演奏を聴いたことある?」
M:「ないね。アマチュアバンドぐらいかな。」
D:「本場のニュー・オリンズで、演奏しているグループのものを聴けば、認識新たにすると思うよ。」
M:「本場って、どんなバンド?」
D:「プレザベーション・ホール・ジャズ・バンド(Preservation Hall Jazz Band)というグループ。このバンドは、ニューオリンズ市内にあるプレザベーション・ホールの専属バンド。このホールは、地元のジャズメンたちによって1950年代から毎夜ライブ演奏が行われていた場所で、今やニューオリンズ・ジャズの遺産を継承したシンボルとして位置づけられるジャズのメッカなんだ。建物は古いけどね、それだけにリアリティがあるんだ。新築の立派なホールでは決して味わえない、手作りのアットホームな雰囲気がある。」
M:「このあいだのニューオリンズを襲ったハリケーンで問題なかったの、このホールは。」
D:「フレンチクォーター付近にあるんだけど、やはり半年間は閉鎖された。その間このバンドは、全米ツアーに出かけ演奏していたらしい。ところで、そのバンドの92年のライブアルバムがあるんだけど。」
M:「そのバンドってどんな編成なの?」
D:「トランペットまたはコルネット、クラリネット、トロンボーン、ピアノ、ベース、ドラムス、バンジョーの7〜8名の編成。実はこのアルバムに吹き込んだ、クラリネット奏者のウイリー・ジェイムス・ハンフリー(Willie James Humphrey)は、1900年12月生まれ。1994年になくなっている。このアルバムの録音年月日は、アルバムに書かれていないが、おそらく80〜90歳、あるいは90歳を過ぎてからの録音かも。弟の、パーシー・ハンフリー(Percy Humphrey)が、トランペットを担当している。」
M:「90歳過ぎても現役で演奏していたのか? 驚いたね。」
D:「ウィリーは93歳で亡くなるまでこのホールで演奏していた。すごいだろう。現役最長老のハンフリー兄弟のバンドの演奏は、これが本場のジャズだというべき、実に生き生きした演奏で、本当に素晴らしいよ。ウィリーの祖父はコルネット奏者で音楽教師。父親がクラリネット奏者のWillie Humphrey Sr.で、同じニュー・オリンズ出身のマルサリス一家のように、家族全員音楽一家。ウィリーは、1920年頃キング・オリバーと共演したほどの実力の持ち主だ。1960年代から弟のパーシーとともにPreservation Hallで演奏している。それでね、Murphyくん、このアルバムには、ニューオリンズ・ジャズのエキスのような曲が詰まっていて、最後に”聖者の行進”で締めくくっているんだ。この曲の演奏時間はなんと、8分09秒の長時間にわたっている。」
M:「ヴォーカルは入ってないの?」
D:「弟のパーシーが歌っている。これがまた味のある歌だね。まさにヴィンテージものだね。それにしても、兄弟ともに70年以上演奏してきたんだから、そのリアリティはすごい。それとウィリーの演奏には、他には真似のできない独特のリズム感がある。微妙に遅れ気味のなかに絶妙なスイング感が宿っている。とにかく、バンドがものすごくスイングしている。ジャズなんだよ。まさにジャズ。ジャズの香り、楽しさ、面白さがダイレクトに伝わってくる。」
M:「ところで、このバンド、バンジョーが入っているんだね。」
D:「そう。聴いてみれば、どうしてギターでなくバンジョーなのかきっとわかるよ。」
  ◇◇◇
※本CDはリリース後15年経過しており、やや入手困難かと思われます。でも、他に代え難い貴重な演奏ですので、もし発見されましたら、ぜひご購入をおすすめします。

Preservation Hall Jazz Band Live / 1992 Sony Music SK48189
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第32回 不滅のジャズ名曲-その32-チェロキー(Cherokee)

Django:「今回は、燻銀のトランペッター、”ジョー・ワイルダー(Joe Wilder)”を採り上げる。」
Murphy:「聞いたことないね。」
D:「ジョー・ワイルダーは、マイルスやクリフォード・ブラウン、ケニー・ドーハム、アート・ファーマーなどのように、知名度があるわけではない。しかし、その実力は第一級で、何よりトーンの美しさは特筆すべきものがあるんだ。歌うようなメロディーライン、シンプルな中にもスインギーなアドリブは、他に代え難い魅力を持っている。」
M:「そうか、ほとんど知られていないのか。アルバムの数は?」
D:「あまり録音していないんだ。」
M:「いつ頃の人?」
D:「ジョーは、1922年2月22日生まれ。マイルスが1926年だから、4歳年上だね。」
M:「そうすると同世代になるのか。どこの人?」
D:「ペンシルバニア州コルウィンで生まれ、フィラデルフィアで育った。」
M:「フィラデルフィア出身のジャズマンも多いんだね。その後は?」
Market Street Loop, Philadelphia, Pennsylvania

D:「父親がバンドリーダーで、12歳のときにその父親からトランペットを学んだ。その後、音楽学校に入学し、卒業後レス・ハイト楽団に入団。そこで、ディジー・ガレスピーと共演した。42年からは、あの有名なライオネル・ハンプトン楽団の所属する。その後、いくつかの楽団を歴任し、50年代からブロードウエイの劇場オーケストラに所属。54年には、カウント・ベイシー楽団の欧州ツアーに参加。このころから多くのジャズメンと交流する。当時、彼の実力は相当なレベルに達していたようだ。」
M:「ジャズのプレイヤーって、ほとんど最初は、楽団に所属する人が多いんだね。」
D:「その当時はね。そこで鍛えられるんだ。62年にはベニー・グッドマン自らの要請でソ連へのツアーにも参加。以降は、フリーランサーとしての仕事と、レコーディング、Broadway, 45th Street, New York City

ニューヨーク市のコンサートオーケストラのソリストを初めとするオーケストラでの活動が中心だった。」
M:「ということは、比較的地味で堅実な生活だったのか。」
D:「そうだな。当時のアメリカには、ジョーのように本当の玄人好みのミュージシャンが多数存在していた。そのあたりが、ジャズの底辺をしっかり支え、根付かせていたと思うんだ。オーケストラ活動の合間に、ひとたびジャムセッションをすれば、有名ジャズメンと互角、あるいはそれ以上のパフォーマンスを披露した。いたずらにスター・プレーヤーを目指さず、地道に音楽を追究しながら、自分の音楽生活を楽しんでいたと思うんだ。決して、有名ジャズメンばかりが、ジャズを支えたのではないっていうこと。目立たない隠れたなかに一流のミュージシャンが潜んでいる。このことをしっかり認識しておかなければならないと思う。」
M:「そうだなあ。ともすればスタープレーヤーばかりに目がいくものね。マイルスを聴いてそれだけでジャズがわかったことにはならないということか。」
D:「Murphyくんの言うとおりだよ。ジョーのようなほんとうに音楽を知っていてうまいミュージシャンの演奏を聴くとわかるよ。実は、ジョーは、クラシックのアルバムも残しているんだ。ハイドンやサンサーンス、ルロイ・アンダーソンなんかの曲を録音している。今でこそ、ウイントン・マルサリスのようにジャズとクラシックの両方を演奏するミュージシャンもいるけど、当時はあまり前例がなかったと思うね。ところで、”チェロキー”っていう曲知ってる?」
M:「ああ、知ってるよ。確かクリフォード・ブラウンも録音しているね。」
D:「そのとおり。ガレスピーもよく演奏したスタンダード曲だ。ジョーも50年代にSAVOYに吹き込んでいる。「ワイルダーン・ワイルダー」というアルバムで、1曲目に演奏している。この”チェロキー”いいよ。普通はこの曲、アップテンポなんだけど、ミディアムテンポで原曲のメロディーラインを大切に歌い上げている。ジョーのスインギーで流麗なアドリブも素晴らしく冴えわたっている。音色も抜群。それと、リズム陣がまたいい。あのハンク・ジョーンズがピアノを担当している。ハンクは、シンプルで控えめながらいつも音楽が深い。ジョン・ルイスとハンク・ジョーンズは本当に音楽とは何か、ということを実に良く知っているね。このアルバムを聴いていると、ああ、ジャズを聴いていて本当によかったってつくづく思うね。」
M:「そうすると、”ジャンゴ効果”も高そうだね。」
D:「そりゃもう。”ジャンゴ効果”100%を超えてしまっているよ。」
※本文中のジョー・ワイルダーの履歴に関しては、「ワイルダーン・ワイルダー(キングレコード)」LPレコード付録の大和明氏のライナーノート(1989)を参考にした。
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Joewilder ワイルダーン・ワイルダー/ジョー・ワイルダー SAVOYレーベル

第31回 不滅のジャズ名曲-その31-ウエスト・エンド・ブルース(West End Blues)

Murphy:「Djangoくんの最も好きなJazzミュージシャンは誰なの?」
Django:「いきなり質問?」
M:「Djangoくんは、けっこう幅広くJazzのこと知っているから、一番好きな人は誰なのかなあって、思ってたんだ。おそらく、ジャンゴじゃないかって予想しているんだけど。」
D:「もちろん、ジャンゴは、大好きだよ。名前からしてDjangoだもの。」
M:「と、いうことは、一番じゃないのかな?」
D:「一人だけ選ぶなんて無理だよ。自分の好みもその時々によって変わるだろうし。」
M:「いや、きっと、Djangoくんは、この人だと思っているけど、言わないだけだろう?」
D:「そんなことない。まあ、どうしてもMurphyくんが、一人だけあげろと言うんなら候補はあるけど。でも、先に言っておくけど、他にも自分の気に入ったアーティストは、本当に多いんだから。」
M:「それはわかっているよ、早く言えよ?」Louisarmstrong_lp_1
D:「それなら、言います。ルイ・アームストロングだね。」
M:「へえー、意外だったな。Djangoくん、あれだけモダンジャズが詳しいのに。」
D:「ルイ・アームストロングは、まさに”キング・オブ・ジャズだね。LPの頃から数えても自分の持っているアルバムのなかでルイが一番多いかな。」
M:「で、どこが魅力なの?」
D:「あのノリのよさ。太い音。独特の歌声、巧みな間と即興のスリル、音楽をやっているのがこんなに楽しいっていう実感。全身ジャズだね。明るくホットなジャズ。理屈抜きで楽しめる。今でもどこかなつかしい香りがする。挽きたてのコーヒーの香りかな。そして、これが一番決定的なんだけど、ブルース精神だ。ブルースだよ。彼ほどうまいブルースが演奏できる人はそうはいないよ。抜群のスイング力で、”ジャンゴ効果”の最も高い音楽だね。」
M:「そうか、なるほどなあ。ジャズって結局はそれなんだね。ところで、サッチモのことって、これまであまり知らなかったんだけど、いつ頃どこで生まれた人なの?」
D:「で、少し説明を。ルイは、1900年7月4日にニューオリンズで生まれた。当時、ニューオリンズの街にはラグタイムやブルースが流れていた。ルイは貧しかったので小学校にも行けず、ストリートキッズだった。1913年の正月に、ルイは爆発する。クリスマスや正月っていうのは、貧乏人は不幸が身にしみる。ついに、ピストルを持って打ちまくった。幸いけが人はなかった。この事件で、ルイは少年院に入る。」
M:「へえ、13歳で。」
D:「ところがこれがラッキーだった。少年院で、楽器を手にする。最初は、タンバリン。1年後についに念願のコルネットのポジションを手に入れる。その後は、水を得た魚のように毎日練習に明け暮れた。ブラスバンドではなんと言ってもコルネットが花形だから、よほどうれしかったんだろう。2年後、退院。しかし、コルネットの持ち出しは出来なかった。家に帰り、毎日毎日コルネットのことばかり考える。欲しくて仕方がない。そこで、コルネットを買うために、石炭の運び屋になる。夜になれば、音楽を聴きたくてダンスホールの近くをうろつくことが日課となる。」
M:「なるほどそれで音楽を覚えていったのか。」
D:「当時のニューオリンズは音楽を覚えるには最高の環境だよ。その後ルイは、あるコーヒーショップでコルネット吹きの仕事を見つける。コルネットが貸し与えられた。ところが、しばらく吹いてなかったので唇が弱っており残念ながらBourbon Street, New Orleans, Louisiana

思うように吹けなかった。それで楽器がだめなら歌でいこうと、ブルースを歌ったところこれが受けた。歌を歌いながら得た収入でついにコルネットを購入、そして練習に励んだ。」
M:「ここからだね。ルイのスタートは。」
D:「唇も回復し、歌とコルネットの両方で演奏するようになる。ルイは、曲のテーマをたくみに変奏する能力に長けていた。即興演奏を強調するようになる。次第にルイの名前は知れ渡る。音の大きさでは絶対に負けなかった。歌にも磨きがかかる。いよいよルイは一芸の枠を超えていく。その評判は、ニューオリンズ一帯に広まる。そして、ある日トランペットの王様、キング・オリバーがシカゴから噂を聞きつけて、ルイに会いにやってくる。」
M:「運命の出会いだね。」
D:「第一次世界大戦に入り、出兵のためニューオリンズは寂れていく。1922年キング・オリバーから、シカゴへの誘いの手紙が届く。かくしてルイは、ジャズの街大都会シカゴへ旅立つ。そしてついに、オリバー楽団に入る。身近にキングの音楽から学んだことは、計り知れないものがあった。田舎から出てきたルイは、純朴なるが故みんなから愛される。1925年オリバー楽団のピアノのリル・ハーデンとめでたく結婚。彼女から、楽譜の読み方、記譜法、編曲法にいたるまで連日音楽理論の特訓を受ける。そして、この年、オリバー楽団から独立し、ニューヨークの当時ビッグバンドの最高峰といわれたフレッチャー・ヘンダーソン楽団に入団。ちなみに当時、この楽団で編曲の仕事をしていたのが、後のスイング・ジャズブームの仕掛人、ベニー・グッドマンだった。ルイは、その年の末には、ふたたびシカゴに戻る。そしてついに、念願の自己バンドを結成し、決定的な評価を受ける。オーケーレコードからレコーディングの誘いを受け、数々の名演奏を録音する。この間の演奏がいわゆるルイの前期黄金時代である。」Wb8285_a
M:「Djangoくん、ルイのことよくわかったよ。」
D:「その前期黄金時代の1925-30年までの演奏は、「The Hot Fives & Sevens」に収録されている。LP時代は、CBS、CD時代はソニーレーベルなんだけど、もうこの時代のルイの演奏は、本当に素晴らしいよ。あと、戦後の50年代もふたたびコンボで演奏をおこない、数々の名アルバムを残している。これが後期黄金時代。ボクはLP時代からの大ファンで、LPを持っていながら、改めてCDを購入している。CDのソニー盤について、特に戦前のオーケーレーベル時代のものは、音質の面で若干の不満を持っていたんだけど、1999年にイギリスのJSPレコードが、復刻Boxセットをリリースした。このインパクトは大きかったね。いまではこのJSP盤があるから、LPをかけなくてもいいようになった。Murphyくんには、ぜひ、このJSP盤をすすめるよ。」
M:「そうか、わかった。ところで、Djangoくん、おすすめの曲は?」
D:「コンボの演奏は全部いいんだけど。やはり、ブルースだね。ウエスト・エンド・ブルース(West End Blues)、最高だね。日本の世界に誇るジャズピアニストの秋吉敏子さんも、初めて買ったLPが、ルイのウエスト・エンド・ブルースだったそうだよ。」

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Louis Armstrong 1925-30 The Hot Fives & Sevens [Box set]
B00001zwlp01_aa240_sclzzzzzzz__1  The Hot Fives & Sevens