第60回 不滅のジャズ名曲-その60-ラヴァー・カム・バック・トゥ・ミー(Lover Come Back To Me)

Murphy:「このところピアノトリオのアルバムが続いているんだけど、他にもっとピアノトリオのいいアルバムを紹介してくれる? ビバップ系のピアニストで、最新録音のアルバムがいいんだけど。」

Django:「たぶんMurphyくんの好みからすると、硬派なバップ・ピアニストであって、しかもシンプルで今の時代感覚に合う洗練された味わいを持つ演奏ということかな。その中で、最新録音ということで考えると、1936年1月19日シカゴ生まれの白人ピアニストで、ホッド・オブライエン(Hod O’Brien)という人のアルバムがおすすめだね。アルバム数も少なく知名度はそれほどないんだけど、ここ数年で日本でも人気上昇中だ。そのホッド・オブライエン・トリオの最新盤で、I’m Getting Sentimental Over You(センチになって)というアルバムは、有名なスタンダードナンバーを採り上げており、聴きやすくしかも深い味わいを持っている。音数が少なくシンプルなスタイルはおそらく一度聴けば必ずMurphyくんも気に入ると思うよ。」

M:「曲目は?」

D:「ズラリ名曲が並んでいる。そのなかでも、ビリー・ホリディが歌って一躍有名になったLover Come Back To Youがいいね。この曲は、その後1946年にレスター・ヤング、48年にはディジー・ガレスピーが、それぞれ吹き込んでおり、ジャズの名曲中の名曲といえる魅力的な曲。もともとこの曲は、1928年に Sigmund Rombergが作曲したブロードウェイ・ミュージカルのThe New Moonのなかの挿入歌で、作詞はオスカー・ハマーシュタインⅡ。このアルバムには、他に、 C Jam Blues、I Remember You、April In Parisなどが入っている。」

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I’m Getting Sentimental Over You(センチになって): Hod O’Brien Trio(ホッド・オブライエン・トリオ)2006年11月リリース

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第59回 不滅のジャズ名曲-その59-ブルー・スカイズ(Blue Skies)

Django:「ブルー・スカイズ(Blue Skies)という曲、知ってる?」

Murphy:「聞き覚えのある曲名だけど、思い出せない。確か、以前にDjangoくんが紹介したアルバムのなかで出てきたような気がするけど。」

D:「そのとおり。ジャズヴォーカリストのバーバラ・リーのアルバム(彼女の名前がアルバム・タイトルになっている)のなかに入っていた曲で、アーヴィング・バーリン(Irving Berlin)という人が1927年に作詞・作曲した。ベニー・グッドマンのヒット曲でもある。1938年のカーネギーホール・コンサートでも演奏している。」

M:「アーヴィング・バーリンという人は有名な作曲家なの?」

D:「アメリカン・ポピュラーソングの作詞作曲家。いわゆるシンガー・ソング・ライターだね。ジョージ・ガーシュインは、アーヴィング・バーリンのことを、”アメリカのシューベルト”と呼んで敬愛していたそうだ。Murphyくんも知っている、I’m Dreaming of a White Christmas〜♪で始まるホワイト・クリスマス(White Christmas)は、彼の代表作(1940年)。出世作は、1919年のアレクサンダース・ラグタイム・バンド(Alexander’s Ragtime Band)。他に有名な曲では、チーク・トゥ・チーク(Cheek to Cheek)など。彼は長生きした人で、1888年生まれで1989年に亡くなっている。

ところで、このブルー・スカイをピアノ・トリオで演奏した好アルバムがあるので紹介しよう。ビル・チャーラップ(Bill Charlap)が、ピーター・ワシントン(b)ケニー・ワシントン(ds)と組んで、2000年にブルー・ノートに録音したWritten In The Starsというアルバムで、4曲目に入っている。ビル・チャーラップは以前に紹介した、ビリー・ストレイホーンの名作集、ラッシュ・ライフ(Lash Life)にも参加しており、今最も充実した演奏を聴かせてくれるピアニスト。スタンダード曲の解釈における洞察力や構成力が見事。ピアニストからフォルテシモまでのダイナミックレンジを生かした彼の演奏は、ピアノという楽器の素晴らしさを改めて教えてくれる。いつも歌心溢れ、最新録音版でありながら、古き良き時代のジャズの香りを今に伝えてくれる。かといって単なるオールド色に彩られた音楽ではなく、新しい時代の若々しい感性が溢れ、どの曲も一貫して高い音楽性を維持している。リズム陣も素晴らしい。」

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Bill Charlap Trio : Written in the Stars (Blue Note 2000年5月NY録音)

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第58回 不滅のジャズ名曲-その58-身も心も(Body And Soul)

Murphy:「今回もピアノソロアルバムについて教えてほしいんだけど。」

Django:「ハンク・ジョーンズ、バリー・ハリスなどを以前紹介したけど、もうひとり是非ピアノソロで採り上げたい人がいる。Murphyくん、MJQのピアノ奏者は誰だったか知っているよね?」

M:「もちろん、ジョンルイス(John Lewis)だろう。」

D:「MJQは、1952年から1974年まで、実に22年という長期にわたり演奏活動を行ってきた。1961年に初来日し、その後66年、74年にも来日している。解散後、76年に、ジョン・ルイスは、ハンク・ジョーンズ、マリアン・マクパートランドとともに日本コンサートツアーを行った。そのときの、東京郵便貯金ホールでのライブレコーディング・アルバムが確か1980年ごろにLPで発売されたが、1994年にCDで再発されている(その後2002年にも再発)。

このアルバムは、全9曲のうち6曲が、ジョン・ルイスのピアノソロで、残りの3曲が、ハンク・ジョーンズとのデュオというとても興味深い作品。ジョン・ルイスとハンク・ジョーンズのデュオアルバムというのは、おそらくこれが初めてだと思う。二人は個人的にも親しい間柄であったそうで、お互い演奏スタイルが全く異なるだけに、そのコントラストがすばらしく、ボクの座右の愛聴盤になっている。」

M:「ジョン・ルイスのピアノはMJQを聴いて知っているつもりだけど、ピアノソロになるとかなり演奏スタイルは変わるの?」

D:「基本的には同じ。スインギーで雄弁に語りかけてくるオスカー・ピーターソンのような華麗なピアニストとは対極をなす演奏スタイルで、一言でいえば簡素で地味な演奏だ。音数は少なくムダな音を奏でない。音と音の間が実に見事に生かされており、一音一音を大切にし心をこめて歌っている。初めて聴いてもそれなりに良さがわかると思うが、2度、3度と聴けばジョン・ルイスの音楽のすばらしさがもっとわかってくる。聴くたびにその音楽から新しいことを発見でき、実に味わい深さを持った演奏だ。彼のピアノからは一種の気品とでもいえるものがあり、作曲家としても優れた多くの作品を残し、アレンジャー、プロデューサーとしても人望の厚い、彼の人柄がそのまま表れた音楽だ。

このアルバムで、ジョン・ルイス自らが作曲したジャンゴ(Django)をソロで弾いているが、これは、ボクがこれまで聴いたジャンゴの演奏のなかでも最も好きな演奏だ。淡々と語りかけるなかで、何度聴いても聴き飽きない一種のクラシックとでもいえる気品の高さが一貫して表出されている。作曲者自らがソロで演奏したこの曲を聴くと、クラシック、ジャズなどのジャンルの垣根を超えて、ジョン・ルイスならではの個性が、本当に人の心を打つ人間性豊かな音楽として、ひしひしと自分に伝わってくる。

ハンクジョーンズとのデュオのなかで演奏されるセントルイス・ブルース(St. Louis Blues)もすばらしい。向かって左がジョン・ルイス、右がハンク・ジョーンズ。演奏スタイルが全く異なるだけに、デュオで演奏しても重ならず、それぞれの個性がいっそう引き立っている。

二人のデュオで、ジャズスタンダード曲、身も心も(Body And Soul)も演奏している。この曲は、1930年にソング・ライター、ジョニー・グリーン(Johnny Green)が作曲したブロードウエイ・レビュー、Three’s A Cloudのなかの曲。ビリー・ホリデイが歌いコールマン・ホーキンスが演奏し、その後今でも多くのジャズ・ミュージシャンに演奏される名曲。他に、四月の想いで(I’ll Remember April)もラストに収録されている。

なお、このアルバムのカバー・ジャケットを飾る、ジョンルイスの肖像画は、映画、ジャズ、ミュージカル評論の第一人者であった、野口久光氏が描かれたスケッチ。

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ジョン・ルイス・ソロ/デュオ・ウィズ・ハンク・ジョーンズ Live in Tokyo

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第57回 不滅のジャズ名曲-その57-ウィザウト・ア・ソング(Without a Song)

2007年2月にアダム・ロジャース(Adam Rogers)の最新作Time And The Infiniteがリリースされた。Criss Cross Jazz レーベルからの4作目で、今回はギタートリオによる演奏。使用ギターはギブソンのES-335とともにナイロン弦のクラシックギターも用いている。オリジナル曲が4曲で、他にスタンダード曲が5曲。そのなかでYoumansが1929年に作曲したWithout A Songが収録されているが、本アルバム中ハイライトともいえる名演だ。この曲は、ソニー・ロリンズが1962年にカムバック第一作としてRCAに吹き込んだ橋(The Bridge)というアルバムに収録されており、今回のアダム・ロジャースは、当時のソニーロリンズの演奏を踏まえて、彼ならではの新しい解釈で、見事な演奏を披露している。

当時のソニー・ロリンズのバンドには、ジム・ホールが参加しており、アダム・ロジャースのギターからは、ジム・ホールの影響もみられる。ライナーノートによると、2005年のジム・ホールの誕生日にヴィレッジ・ヴァンガードにおいて、共演している。

アダム・ロジャースは、1965年NY生まれ。ビバップにルーツをもつ、いわゆるジャズギターの正統的な奏法を消化した上で、大学時代にクラシックギターも勉強している。ジム・ホールやパット・メセニーらのコンテンポラリーなジャズギター・スタイルと、フィンガースタイルでのクラシカルなアプローチの両方を持ち合わせており、曲ごとにそれぞれの奏法を使い分けている。特筆すべき点は、彼の自在なアドリブフレーズが、決して無機的にならず、のびのびと歌うように語りかけてくることである。

アダム・ロジャースの演奏を一聴して思うことは、その音楽性の高さであり、おそらくパット・メセニー以来の次世代を担う最有力候補のジャズギタリストであろう。優れたテクニックを披露できるギタリストは他にたくさんいるし、個性的な演奏家も多いが、コンテンポラリーな演奏スタイルで、これだけ説得力を持ったアドリブを展開できる人はそう多くない。(Django)

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Adam Rogers : Time and the Infinite(2007年2月リリース最新録音)

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第56回 不滅のジャズ名曲-その56-ムース・ザ・ムーチェ(Moose The Mooche)

Murphy:「ジャズピアノというのは硬質で力強く明確なフレーズを奏でるような男性的なタイプと、やわらかくて雰囲気たっぷりに弾くどちらかといえば女性的なタイプに分かれるような気がしたんだけど、前回のバリー・ハリス(Barry Harris)は硬質のタイプと思った。ぼくはどちらかといえばそういったタイプの方が好きなんだけど、Djangoくんどう思う?」

Django:「確かにバリー・ハリスは、そちらの方だね。いわゆるパウエル派といわれる人は、Murphyくんのいう男性タイプに相当するかな。ディジー・ガレスピーやチャーリー・パーカーたちが40年代にビ・バップ・ムーブメントを起こした頃から、ピアノのスタイルも変わってきた。バド・パウエルがその先兵で、新しいモダンなピアノ奏法が出現した。一言で言えば、ホーンライクな奏法。右手で管楽器のようなフレーズを奏で、左手はどちらかといえばかなり省略した和音をサブ的に用いて、トランペットやサックスのように単音でアドリブフレーズを次々に展開していくスタイル。このパウエル・スタイルをこれ以降の多くのピアニストたちが用いるようになった。だからそういった意味では、当時のピアニストの大半がパウエル派といえる人たちで、バリー・ハリスもその1人。

多くのパウエル派のなかでも、バリー・ハリスは、当時の典型的なバップ・フレーズを奏でるタイプの人。シングルノートで次々とアドリブ展開していくので、右手のタッチはとても重要になる。力強く歯切れのよい音で、鋭いタッチがバップフレーズを生きたものにしていく。だから思わず引き込まれる。」

M:「なるほど。確かに右手のタッチが鋭い。だからいわゆるモダンジャズらしさが感じられるんだね。それと、音にムダがない。」

D:「そうなんだ。装飾的な音はあまり用いない。いわゆるビバップの典型的なフレイジングを次々と展開していく。時代は少し遡るけど、30年代の終わりから、チャーリー・クリスチャンが現れて、ジャズギターに革命を起こした。彼の演奏は、まさにホーンライクなスタイルで、当時開発されたエレクトリックギターを使ってアンプで増幅し、シングルノートでアドリブを展開していった。」

M:「そういった意味では、ピアノにおけるバド・パウエルの果たした役割と似ているんだね。」

D:「ところで、バリー・ハリスの1960年の吹き込みで、アット・ザ・ジャズ・ワークショップ (At The Jazz Workshop)というアルバムがあるんだけど、ここではそういったピアノによる典型的なビバップ演奏が聴ける。このアルバムは、サンフランシスコのジャズクラブでのライブレコーディング。チャーリー・パーカー作曲のムース・ザ・ムーチェ(Moose The Mooche)が入っている。バリー・ハリスは、まさにビバップのお手本のようなアドリブを繰り広げる。ムダがない。バネのような右手の鋭いタッチがパーカー特有のシンコペーションを伴ったリズム感を強調していく。有名な曲なのでMurphyくんも知っていると思うけど、オリジナルのパーカーの演奏と聴き較べてみてもおもしろいよ。」

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Moose The Mooche (Music by Charlie Parker)

|B♭  |Cm7 F7 |B♭   |Cm7 F7|
|B♭7   |E♭7 A♭7|B♭   |Cm7 F7|

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※このCDは2007年4月にユニバーサルより超限定版1100円で発売された。

バリー・ハリス:アット・ザ・ジャズ・ワークショップ

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第55回 不滅のジャズ名曲-その55-スター・アイズ(Star Eyes)

Murphy:「バリー・ハリス(Barry Harris)のコンコード・レーベルに吹き込んだLive at Maybeck Recital Hall, Vol. 12は素晴らしいね。つくづくこういうアルバムが欲しかったんだと思った。それで、バリー・ハリスに興味を持ったんだけど、Djangoくん、他のアルバムを教えてくれる?」

Django:「Live from New York, Vol. 1という最新アルバムがある。昨年(2006年)の夏にLineageというマイナーレーベルからリリースされた。NYのライブハウスでのライブレコーディング。こちらは、ピアノソロではなく、トリオ。ジャズの名曲がズラリ並んでおり全10曲、最初の曲がスター・アイズ(Star Eyes)。この曲はGene De Paulの1943年の作品。1942年に作曲した四月の思い出(I’ll Remember April)に続く当時の大ヒット曲。パーカーを初め、アート・ペッパーもMeets the Rhythm Sectionに吹き込み、ティナ・ブルックスもMinor Move(Blue Note)で秀作を残している。

バリー・ハリスのこのアルバムは、他に、 PerdidoNight in TunisiaTea for Twoなどのスタンダード曲が収録されている。前回でも言ったように、バリー・ハリスはパウエル直系のバップピアニストで、今や貴重な存在。聴けば聴くほど味が出る演奏は、前回紹介したピアノソロアルバム同様で、このアルバムもライブだからリラックスしたなかに、長年ピアノを引き続けてきた彼ならではの洒脱なセンスのよさが溢れている。いずれ入手困難になることは間違いないだろう。パーカーが好きで、ビバップ派のピアニストを捜している人にはまさに至福のアルバムだね。Murphyくん、今からでも遅くないから、彼のアルバムはコツコツ集めておいた方がいいよ。」

M:「バリー・ハリスなんて全然知らなかった。Djangoくんからバリー・ハリスのことを聞いて、自分で調べてみたんだけど、鳩の写真のジャケットで有名なサド・ジョーンズ(Thad Jones)のザ・マグニフィセント・サド・ジョーンズ(Blue Note)でピアノを弾いていたんだね。」

D:「そのとおり。ちなみにサド・ジョーンズは、前々回に紹介したハンク・ジョーンズと兄弟で、ドラムのエルヴィン・ジョーンズを含めてジョーンズ3兄弟だ。」

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Live from New York, Vol. 1 : Barry Harris Trio 2006

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第54回 不滅のジャズ名曲-その54-パーカーズ・ムード(Parker’s Mood)

Murphy:「前回のハンク・ジョーンズのアルバムのように、気軽に聴けるピアノソロのCDを紹介してくれる?」

Django:「コンコードのLive at Maybeck Recital Hallシリーズのなかで、第12回のアルバムは、バリー・ハリス(Barry Harris)のピアノソロなんだけど、これがまた素晴らしい。バリー・ハリスは、パウエル派のピアニストのなかでも通好みで、聴くほどに味が出てくる演奏をする人。ビバップが好きな人に最適なピアニストだ。一聴すればなんでもないんだけど、さりげない音のなかに隠された微妙なニュアンスが込められている。

Live at Maybeck Recital Hallでは、全10曲収録されており、これがまた申し分ない選曲だ。ラストがパーカーの有名なブルースナンバー、パーカーズ・ムード(Parker’s Mood)で、冒頭から惹き込まれるよ。リラックスしたなかにキラリと光る洒脱なセンスが素晴らしい。ブルージーな雰囲気が空間を包み込む。ジャズの醍醐味がピアノ一台で堪能できる。本当はこういったピアノソロこそ、身近でいつまでも飽きずに聴けるんだ。」

M:「そのアルバムは今でも入手できるの?」

D:「いや残念ながら入手困難だね。1990年にリリースされたんだけど。また再発されるかもしれない。」

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Live at Maybeck Recital Hall, Vol. 12 : Barry Harris 1990

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第53回 不滅のジャズ名曲-その53-ブルー・モンク(Blue Monk)

Django:「今回はとっておきのピアノソロを紹介しよう。以前にロンカーターとジムホールのデュオアルバムを紹介したけど、その時のレーベル名を覚えてる?」

Murphy:「確か、コンコード(Concord)レーベルだったね。」

D:「そう。そのコンコードレーベルが1989年から、カリフォルニアのバークレイにある、メイベック・リサイタル・ホール(Maybeck Recital Hall)で、ユニークなソロピアノコンサートを企画し、ライブレコーディングを行ってきた。このホールはライナーノートによると、定員50〜60名ぐらいの小さなホールで、アットホームな雰囲気のなかで、往年の名ピアニストのソロコンサートをすでに40回以上開催している。」

M:「へえ、それはユニークだね。これまでどんなピアニストが登場したの?」

D:「70年代からコンコードレーベルでおなじみのデイブ・マッケンナを始め、ケニー・バロンやバリー・ハリス、それにエリス・ラーキンスなども登場した。今回はその中から、第16回のコンサートで1991年11月11日に収録された、大御所ハンク・ジョーンズを採り上げてみたい。」

M:「ハンク・ジョーンズといえば、この間、ロバータ・ガンバリーニの最新アルバムで歌伴をやってた人だね。」

D:「そのとおり。ラッシュ・ライフというアルバムだった。ハンク・ジョーンズ(Hank Jones)は、古くて新しい大人のジャズといった感じで、決して派手ではないが、実に味のある渋いピアノを聴かせる人で、今となっては貴重な存在だ。ボクはこのアルバムを発売と同時に買ったのだけど、期待どおりの演奏で、久々にくつろいで楽しむことができた。以来、このCDは、まわりが静まり返った夜によくかけるんだけど、聴けば聴くほど味の出るアルバムで、もう10数年飽きずに聴き続けている。

全部で17曲収録されており、スタンダード曲を中心に、どの曲も3分〜5分程度の時間にまとめられている。こういったソロアルバムは、案外少なく、コンコードのこのシリーズは今となっては実に貴重な記録だ。セロニアス・モンクの作品が2曲収録されており、ブルー・モンク(Blue Monk)ラウンド・ミッドナイト(Round Midnight)という名曲中の名曲が、ハンク・ジョーンズならではの、さらっとした演奏で楽しめる。あまり重くならず、かといって軽快に流れすぎず、中庸を得た演奏は絶品で、先ほども言ったように、大人のジャズをたっぷりと聴かせてくれる。リラックスしてさりげなく味のあるジャズを聴きたい人に最適だね。」

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Live at Maybeck Recital Hall, Vol. 16 : Hank Jones 1991

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第52回 不滅のジャズ名曲-その52-ザ・スター・クロスド・ラヴァーズ(The Star-Crossed Lovers)

Murphy:「エリントンは作曲家としての評価が高いけど、ボクはまだよくわからない。20世紀の最も優れた作曲家の一人だといわれているけど、今回はDjangoくんに是非そのあたりのことを具体的に話してほしい。」

Django:「エリントンの作曲家としての実力を示す一枚のアルバムを紹介しよう。サッチ・スイート・サンダー(Such Sweet Thunder)という1957年にCBSからリリースされたアルバム。このアルバムは、カナダのストラトフォードで開催されたシェイクスピア・フェスティバルのために、エリントンがビリー・ストレイホーンとともに書き下ろした組曲。この大作は、エリントンがシェイクスピアの全作品を読んで感動し、オセロ、ハムレット、ロミオとジュリエットなど数作品からのインスピレーションにもとづき作曲したといわれている。」

M:「シェイクスピアを題材としたその曲は、やっぱりジャズなの?」

D:「もちろんジャズ。でも、ジャズという枠を超えている。このアルバムのなかに、ロミオとジュリエットからインスパイアーされたザ・スター・クロスド・ラヴァーズ(The Star-Crossed Lovers)という曲が入っているんだけど、ボクはこれを聴いた時、こんなに美しい曲が世の中にあったのか、と驚いた。もはやジャズという狭い枠を超えて、広く音楽としてわれわれに深く訴えかけてくる。この曲を含む12曲がオリジナルLPに収録され、あたかもクラシック音楽の組曲を聴くように仕立て上げられている。エリントンとストレイホーンのコラボレーションにより出来上がったこの組曲は、エリントン音楽特有のユニークなメロディーライン、構図のおもしろさ、色彩豊かなハーモニーを持っており、エリントン音楽の素晴らしさの一端を味わうことができる。」

M:「エリントン音楽が、色彩豊かな音楽であると感じられるのは、どのあたりからそう思うの?」

D:「エリントン音楽はものすごく個性的だと思う。メロディもさることながらハーモニーが独特で、普通じゃない。ある種の響きの実験ともいえる曲が多い。わかりやすくて歌いやすく覚えやすいというタイプの曲ではない。絵具に例えると、明快で単調な色合いではなく、複数の色をブレンドした深みを持ったトーンを作り上げている。色彩感が豊かで絵画的な印象を持つエリントン音楽は、そういった意味ではドビュッシーやラヴェルに近いタイプの音楽だともいえる。でもエリントン音楽はジャズであり、スイング感やビートを持ち合わせているので、クラシック分野の音楽とは全く異なる。でも、もしクラシック音楽が好きで、特にドビュッシーなどのフランス音楽を好む人であれば、きっとエリントン音楽に魅力を感じると思う。しかし、それにしても、エリントン楽団はどうしてこんなにユニークなサウンドが出せるのか…。エリントン・マジック、実に不思議だ。」

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Such Sweet Thunder / Duke Ellington & His Orchestra 1957

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第51回 不滅のジャズ名曲-その51-ソフィスティケイテッド・レディ(Sophisticated Lady)

Murphy:「デューク・エリントンのライブアルバムを聴いてみようと思うんだけど、最初に聴くには何がいい? できれば音質のよいアルバムの方がいいんだけど。」

Django:「それなら、1956年のニューポート・ジャズ・フェスティバルでのライブ録音版で、アルバムタイトルが、Ellington At Newport 1956という2枚組のCDがいいね。」

M:「1956年のライブ録音といえば、音質が悪いんじゃないの。ステレオじゃなくモノラル録音だろう?」

D:「いや、それがステレオ録音なんだ。実際にはCBSがモノラルでライブレコーディングしたもので、当時発売されたLPはモノラルだった。しかし、1999年にリリースされたCDは、ステレオで登場した。」

M:「ということは、人工的にステレオ化したの?」

D:「人工的といえばそうなんだけど、昔LP時代に一時流行った人工ステレオではない。実は、フェスティバル当時、CBSはモノラルで録音したんだけど、もう一つ、Voice Of Americaが、別にマイクを設定して放送用に録音していた。当然マイクのセッティング位置が異なるので、この二つのマスターテープを合わせればステレオになるという原理を活用して、待望のステレオバージョンを作成した。もちろんデジタルで細かなピッチ調整を行い、二つのテープの整合性も完璧にしてある。」

M:「でも、音質はどうなの?」

D:「1956年だからそれほどたいした音ではないと思うかも知れないけど、実際にこのCDを聴いてみると、驚くほど音がいい。最新録音と比べても全く遜色ないレベルだね。会場での熱気がひしひしと伝わってくる。」

M:「ニューポートってアメリカのどこにあるの?」

D:「NYからボストン方面、つまり北に向かって4〜5時間行ったところ。コネチカット州とマサチューセッツ州に挟まれたロード・アイランド州に位置する。ニューポートは全米でも有数の高級避暑地として昔から有名。このジャズフェスティバルは、1954年から始まった。」

M:「1956年と言えば、エリントン楽団の演奏も戦前と比べ、随分変わったの?」

D:「50年代の半ばだから、モダンジャズ期に入り、ハードバップ全盛時代を迎える。当時、まわりを見渡せば、ジャズはコンボ中心のモダンジャズが大変な勢いで躍進し、モダン以前のスイング・スタイルのビッグバンドは、少々古く感じられるようになった。しかしエリントンは、50年代のバップ全盛時代を迎えるとウィリー・クック(tp)、クラーク・テリー(tp)、ポール・ゴンザルヴェス(ts)、ルイ・ベルソン(ds)などのモダン奏者を擁して、新たなサウンドを展開していく。その50年代のモダンなエリントン楽団が、このニューポートに登場し、会場を熱気の渦に巻き込んだ。そして1956年のニューポート・ジャズ・フェスティバルで、エリントンは大成功をおさめ、これを契機にモダン・ジャズを飲み込む勢いて第2の黄金期を確立した。」

M:「へえー、そういう意味では、このニューポート・ジャズ・フェスティバルはエリントンにとって大きな出来事だったんだね。」

D:「この2枚組CDは、おそらくモダンジャズを聴き慣れている人にとっても、全く抵抗なく受け入れられるだろうし、改めてエリントンの素晴らしさが実感できるのではないかと思う。このコンプリート版では、黒と茶の幻想(Black And Tan Fantasy)を始めとするコットンクラブ時代のヒット曲をはじめ、A列車で行こう(Take The A Train)ソフィスティケイテッド・レディ(Sophisticated Lady)など、クラシック・エリントンの名曲を存分に味わうことができるし、当夜のハイライトはDiminuendo In Blue And Crescendo In Blueで、ポール・ゴンザルヴェスの伝説の27コーラスのソロを含む、14分以上におよぶ熱演が聴ける。 ところで、ソフィスティケイテッド・レディは、エリントンによる1933年の作曲で、ブロードウェイのヒットミュージカルのタイトルにもなった曲で、ミシェル・パリッシュが歌詞を書いた。いずれにしてもライブならでは熱気が伝わるこのアルバムは、決定的名盤といえる内容だ。」

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Ellington At Newport 1956[Double CD] [Live]

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